柵、さわらいで
実家の向かいの家に住んでいたおばさんの話。
そのおばさんは昔から独特な雰囲気を持ち、家の前で遊んでいる子供を見つけては、嫌な事を言って家に入っていくような人だった。
当時小学生だった僕は、そのおばさんがとても苦手だった。
何故わざわざこちらの気持ちを下げてくるのだろうか?
不思議でならなかった。
ある日は、僕が家の前で友達と遊んでいると、不運にもそのおばさんが外から帰って来た。
そして僕たちに向かってこう言った。
「この家の柵、触っちゃダメよ?掴んだりしたら倒れちゃうからね!」
僕たちは一切、柵なんて触っていない。
だが、このおばさんは子供を見つけてはいつもこのセリフを言っているのだ。
そもそも、おばさんの家の柵にはちゃんと注意書きが貼られているのだ。
リスクを背負ってまで触ろうと思わない。
ほら、ここに書かれてんじゃん。
"柵、さわらいで"
「な」抜けてるよなー?
見るたびに思っていた。
すると、気づいたら取ってつけたように"な"の文字が追加されていた。
またある日は、僕と弟が家の前で遊んでいると、何故かそのタイミングでまた向かいのおばさんが帰ってくる。
うわーまたなんか言うてくるんちゃうんか?
そしたら案の定、我々にまた声をかけて来た。
「この家の木の実、勝手に取らないでね。」
その家には、木の実なんてどこにもなっちゃいない。
このおばさんは何を言っているのだろうか?
何か幻覚のようなものでも見えているのだろうか?
もしかしたら季節によってはきの実がなっている時期があるのかもしれない。
しかし、それを今なっていないタイミングで言ってどうするんだ?
このような経験の数々から、僕はすっかり向かいのおばさんが苦手になってしまった。
そして、時が過ぎて僕は中学生になっていた。
夜20時頃、家の前で野球の素振りをしていた時のことである。
そう、また向かいのおばさんが帰って来たのだ。
中学生になった今でも、僕の苦手意識は消えていなかった。
しかし、僕ももう中学生だ。
昔のように無視をするような年齢では無くなっている。
気持ちは乗らないけど、ちゃんと挨拶しよう。
素振りしていた手を止めて、僕は向かいのおばさんに挨拶をした。
「こんばんはー!」
すると、そのおばさんはゆっくりと僕に近づいてきた。
夜だから、顔がよく見えなかったのか。
そして僕の前まで来るとこう口を開いた。
「君、どこの子?」
……………んっ⁈
「えっ?この家の者ですけど…?」
「あーそうなのー?へぇ〜………ガチャ、バタン‼︎(扉の閉まる音)」
そもそも僕はなんの認識もされていなかったらしい。
この時初めて知った。
家の前でよく遊んでいるけど、この子がどこに住んでいるのか?
そんなことはこのおばさんからしたらなんの関係もなかったみたいだ。
あちらもあちらで極度の子供嫌いなのだろう。
彼女が子供と嬉しそうに話している姿を一度も見たことがない。
ただ衝撃的だった。
14年間生きてきて、向かいの家に住んでいる事を全く認識されていなかったなんて。
いや、何回もここで会ってるねんから言わずもがな分かるやろ?
どうゆう風に思ってたんやろ?
こちら側が勝手に分かってくれているものだと思い込んでいただけなのかもしれない。
その後僕は、今起きた出来事話したさに毎日500回と課した素振りのルールを約半分ほどで終えて家に入っていった。