NSC生には酷(こく)過ぎた!R-1予選で起きてしまった悲劇的な話
時は養成所時代に遡る。
僕はNSC42期として在学しており、その年のR-1グランプリにエントリーした。
当時のR-1は芸歴制限は設けられておらず、それにプロのみのエントリーとなっていた。
NSC生の我々は一応アマチュアの部類には入るのだが、養成所生は出場可能だったので出ない理由がない!
エントリーが始まった12月頃、僕はピンだった。
コンビ芸人も出場する中、ピン芸人としては必ず一回戦は通りたいというプライドがあったのだ。
エントリーシートに当時の芸名、"ナンジョウコウタ"と表記して提出。
絶対二回戦いくぞ!
出場するにあたって、もちろんのことだが披露するネタを決めなければいけない。
ネタ見せを通して僕の中では2つの選択肢があった。
コントor漫談 の2択である。
まずは"コント"‼︎
"銀行強盗"のシチュエーションで、銀行員が強盗に対して怯えるのではなく、逆に丁寧に対応をするというものだった。
こちらのネタは講師の方から「設定が良いですね」とお声をいただいたネタだった。ピンになって初めて褒めていただいたネタなのだ。だからこそ自信を持っているネタだった。
…しかし、このネタには一つ大きな問題点があった。
それは、ボケのポイントがあまりにも分かりづらいということ。
自分で言うことではないのだが、設定がシュールなため、雰囲気そのものがボケであるというネタなためお客さんはどこで笑っていいのかが分からないのである。
自分自身でもそこには気づいていた。
だが、一部の同期から「あのネタめっちゃええよな」と言ってもらえていたので、その弱点を見て見ぬふりしていたのかもしれない。
実際、ネタ見せの空気の中では基本笑いが起きないためネタを披露していても手応えを判別出来なかったのだ。
続いて、"漫談"‼︎
こちらは、日常の引っかかる部分を"〇〇の違反切符を切る"というテーマでいくつか話していくネタだった。
というのも、この時期僕はバイトに原付で通っていたのだが、一時停止では片足をつくというルールを知らず実際に違反切符を切られ5000円払うこととなった。
ネタの内容を例としてあげると、
街中で見かける2人乗りの車に乗っている人、一生に数回しかない買い物でわざわざ2人乗り買うな!…とか
ランドセル水色の小学生、変な所で個性出すな!…とか
日常で見かける個人的な違和感を好き勝手吐き出していた。
ネタ見せの反応は、コントの時とは違い笑ってくれている同期がいたのだ。
ウケやすいのはこっちなのかもしれない。
ただ、この漫談にもまた欠点があったのだ。
"目新しさが無い"
賞レースでは今まで見たことのない新しいネタが評価される筈、そうなるとこの漫談は身内ウケしているだけなのかも?
そう考えると少し自信がなくなってきた。
しかし、ネタを選択しないと始まらない。
コントするのか漫談するのか。
この2択で迷った結果、僕は"漫談"を披露することにした。
漫談の方があるある要素が多いので、一般のお客さんに伝わりやすいのではないか?笑ってもらいやすいのではないかと考えたのだ。
そうと決まれば後はただひたすら練習するのみ。
そして迎えた本番当日。
会場はなんばパークス内にある、"パークスホール"。
当時R-1の一回戦といえばこの会場だった。
思えば僕は、R-1グランプリには高校生の時から出場していた。
その頃は面白半分で出ていたのだがもう今となっては立場が違う。
プロを目指すアマチュアとなったのだ。
学生の頃とは違う自分を見せるしかない!
受付を済ませ控え室に入ると、周りの芸人達が各々準備をしている。
賞レース特有の光景を目の当たりにすると、毎度毎度緊張感が高まってくる。
ただもうネタは変えられない。今の自分に残された手段はもう、出番まで練習することしかないのだ。
会場入りして数分後、いよいよスタッフさんから舞台袖スタンバイの声がかけられた。
裏にグループごとに整列する。
舞台の方からは今まさにネタをやっている芸人の声が聞こえてくる。
もうすぐ出番だという実感が湧き、緊張感が最大になる。
あと5組後、後4組、後3組……
気づけばもう自分の1つ前出番の芸人がネタを披露している。
ということは、もう2分以内には出番がくるのか。
こうなったらもうやるしかない。
絶対に二回戦に行ってやる!
前の芸人が出番を終えて舞台を降りる。
いよいよ自分の出番‼︎
袖のスタッフさんの「はい、お願いしますー」の合図と共に「はいどーもーー!」と勢いよく舞台に出ていった‼︎
……が、次の瞬間、僕は衝撃の光景を目の当たりにすることとなってしまった。
舞台上に誰かいる……?
なんと、まだスタッフさんがマイクを準備している段階だったのだ。
嘘やろ?先客おるやん?
板付で立ってる奴おるやん?
袖のスタッフさんが合図を出すタイミングを完全にミスして、準備段階で僕を舞台上に放ってしまった。
えっこんなことあんの?
えっこんなミスするの?
その一瞬、R-1グランプリというピンの大会なのに舞台上には完全に2人立ってしまっている状態になってしまったのだ。
事態が飲み込めない僕はただ茫然とその場に立ちつくした。
養成所生である僕はそれしかできなかった。
スタッフさんのマイクスタンバイを待つしかなかった。
だが、この状況を一番飲み込めていないのはお客さんの方だろう。
だって、「はいどーーもーー!」って勢いよく出てきたやつがネタをせずに暫くその場で棒立ちやねんから。
コイツめちゃくちゃネタ飛ばしたんかなって思われるわ。
もしくは登場のタイミングをミスした鈍臭いやつという風に見えているのかな?
いやいやそれは違う、僕はちゃんとスタッフさんの合図と共に飛び出してきただけなのだ。
スタッフさんの言うことを守っただけなのだ。
それやのになんでそんな見方されなあかんねん!
そしてまたマイクスタンバイのスタッフさんが鈍臭かった。
"マイクをスタンバイする"それだけなのにやたらと時間がかかっていたのだ。
もうええて、早よせーて‼︎
その間、僕の棒立ち時間がただただ長くなっていく。
長いてこの時間‼︎恥ずかしい‼︎
もうかれこれ数秒、ネタをせず棒立ちの状態をただただ見られている。
もはやコイツ舞台に何しにきてん。
ようやくスタッフがマイクスタンバイを終えて、急いで袖にはける。
やっとマイクスタンバイ終わった。
よし、準備オッケー‼︎
どーもー!ナンジョウコウタです!よろしくお願いしますー!
……いや、この後ネタ出来るかああああ‼︎‼︎‼︎
NSC生にはあまりにも酷すぎる悲劇。
アドリブで「いやーなんで僕の時だけ先客おるねん!」などの利いた事を言えるはずもない。
さっきまであんな緊張してたんなんなんやろ?
必ず二回戦に行きたいってあれなんやったんやろ?
コントか漫談、そんなもんどっちでもよかったわ。
はあーあ、時間返してほしいなあ。
はあーあ、エントリーフィーの2000円返して欲しいなあ。
悔やんでも悔やみきれない苦い思い出としてNSC時代の記憶に残ることとなった。
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