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精神障害の啓発とその支援の変化と関わってきて〜第三幕 またき亭いっぱいと出会ってしまった〜

はじめに

「精神障害者が落語をする、これって笑っていいのかな?と思うかもしれませんが大いに笑って下さいね」
というフレーズから始まるのが啓発落語のいつもの第一声です。
精神障害者が落語で自分の体験を話すという形は社会の中で本当に珍しいモノではないかと思います。精神障害を身近なモノにし、楽しんで精神障害のことを理解してもらうという形ができたのはもう10年以上前のこと。まさかこんなに続くとは思いませんでしたし、落語をしているまたき亭いっぱいさんも思っていなかったのだと思います。
第3弾としてはまたき亭いっぱいさんとの出会いと啓発落語の作成秘話を書いてみたいと思います。啓発落語自体のことは学会発表などできれいにまとめたことはありますが「note」で書くことなので多分一番本音のところが書けるのではないかと思っています(笑)

1.またき亭いっぱい、落語と出会う

またき亭いっぱいさんとの出会いはデイケアでした。当時のデイケアでは導入面接を行う時に家族にも来ていただき、家族から見た本人のことや家族の希望などもお聞きしていました。それは家族と本人の認識のズレがあるのかどうかなどを知るためでした。

「親はいません」

面接が始まり「ご家族は?」と聞くと彼は真顔でこのように答えました。後でカルテを調べると外来でもこのように話していたようでした。一人暮らしで障害厚生年金だけで生計を立てていたようでした。

とりあえずデイケア導入。働きたいという希望はあるものの、あまり意欲があるとは思えない……というのが詠み人知らずの印象でした。

案の定というか……なかなかデイケアには来れない日々が続きます。休んでは少し来て、また休むという繰り返し。他メンバーとはほとんど話すこともなく、あまり活動的ではなく意欲もあるとは言えない参加でした。

ある日のこと・・・
朝デイケアに電話が鳴ります。
「すみません○○ですが、今日はデイケアを休みます」
「はい分かりました。体調が悪いんですか?」
「はい、気分が重くてしんどいのでもう死のうかと思っています」
 そう言われてしまうと放っておけないのはデイケアスタッフとして関わる必要があります。
「死にたいという気持ちになるのは大変なことですね」
「はい、もう死のうと思うので休んでデイケアにお別れを言ってから死のうと思いました」
「大丈夫ですか?そんなに辛いのならデイケアに来て話をしてください。聴きますよ」
「いえ、大丈夫です。もう死のうと思っているので」
 言葉としては死にたいというものの、実際に死にたい気持ちもあるんだろうけど、死のうとは思っていなさそう……。とはいえ、そういうわけにもいきません。
「はいそうですか、で終われる話ではないので、お話を聞かせていただきたいのですが……」
「いえ、もう死ぬんで大丈夫です」
「そう言わずに少し話をしたら楽になるかもしれませんよ」
「ならないですね。もう死にます」
 このままでは平行線。
「○○さん、今家にいます?」
「はい家にいます」
「分かりました。今から家に行くので家にいてください」
「いやいや、家に来るってどういうことですか?」
「あなたが死にたいということなので心配なので今から家に行ってお話を伺おうと思います。いいですか」
「いやいや、家に来るのは困ります」
「なんでですか?もう死ぬ気でデイケアに来て欲しいと言っても来てくれないのならいくしかないですね。死にたいと言っている人を放っておけません」
「家に来られるのは困ります!」
「いえ、死にたいと思っていることを聞いてしまったし、話もしてくれないのであればいくしかありません。行きますので家にいてください」
「家に来るのは本当にやめてください」
「なんでダメなんですか?」
「家の中が散らかっている……。はっきり言ってゴミ屋敷みたいな感じなので来てもらったら困ります」
「そんな家くらいよくあるので私は気にしません。行きますね」
「本当に来ないでください。来てもらったら困ります」
「いえいえ散らかっていようがゴミ屋敷だろうが行かないといけない状態にある人がいるのに行かなかったら、自分が後悔するので行きますね」
「……分かりました。今日はデイケア行きませんけど、明日はデイケアに行くようにします」
「本当に来るんですね。騙して死ぬとかするんじゃないでしょうね」
「それはしません。ちゃんと行きますので、今日は休ませてください」
「本当ですね?それならば分かりました。明日来ないのであればその時は家に行きますので、ちゃんと来てくださいね。お待ちしています」
「はい分かりました」
 で電話を切る……とこのような電話を幾度となく繰り返しました。そしてデイケアに来ては、また休み、また「もう死ぬ」と言って電話をかけてくる。この繰り返しのパターン。
「何回このパターン繰り返してるの? もうそろそろこのパターン卒業しませんか?」
 繰り返されるのにも理由があることも分かっていますが、少し痺れを切らしてこのように言ったことも何度かありました。そして、ようやくデイケアに来るようになっていきます。

デイケアでのまたき亭いっぱいさん

 デイケアに来た頃のいっぱいさんは、いつも一人でした。ご飯を食べるのも独り。特に誰と話すこともなく、常に独りでした。独りでいる割に、周りのことは気にしています。デイケアのスタッフルームと仕切るカウンターで他のメンバーがスタッフと話していると、近くにあったホワイトボードのそばでその話を聞いています。もちろん雑談でたわいもない話をしている時に限ってですが。誰かに・・・と言っても〇〇さんのことが見えているのはスタッフだけなんですが、声をかけてもらえるのを待っているかのように、ずっといます。
「そんなところにいないで話に来たらいいんじゃないの?」
突然声をかけられてびっくりしています。
「いや、そんなことはないんです。別に話したいわけじゃないんで」
と言いながらもその場は動かない。私はニヤリとして
「そんなこと言いながら本当は声かけられるのを待っていたでしょう?」
「いえいえ、そんなことは・・・」
一応聞こえているのですが、
「何?聞こえない。もっと近くに来て下さい」
手招きすると
「いや、だからそんなことはないんですって」
と言って近づいてきます。
私がみんなに
「ほら本当はみんなと話したい人が来ましたよ」
というと
「話したいわけではないですって」
「いやいやてれなくていいって。本当は話したかったでしょ? みんなと何を話していたかというと・・・」
 という感じで話の輪に入るのもなかなか難しかったり、話すのは本当に苦手でした。
「いじめられてきたし、きっとみんなは嫌がってると思ってます」
と言いながらも、本当は話したいと思っていたと思いながら色々なプログラムに参加してもらいました。
ただダンスセラピーやスポーツは本当に苦手で、「出たくない」というので、それには出なくていいということになっていました。
話をするのは苦手・・・と言いながらもいろいろとよく考えているのはデイケアのプログラムに出ていても発言から分かりました。またとてもセンスがいいこともよく分かりました。

 デイケアに参加して1年ほど経ったある日デイケアの電話が鳴りました。
「すみません〇〇と申しますが、そちらにウチの息子が通っているということを聞いてびっくりしてるんですが・・・」
は?
〇〇さんの親?親はいませんと言ってなかったっけ?
言いにくそうにしていたのでいつ亡くなったのかなどは後々聞いていこうと思っていたのですが、肝心な本人がまだデイケアになかなか来ていなかったこともあり、まだ話をじっくり聞かせてもらっていない状況にありました。とはいえご両親が来たいということだったので、とりあえず本人から詳しい話を聞かせてもらってから、ということで一旦「こちらでも一度お調べしますのでまた後日ご連絡ください」として電話を切りました。
ちょうどデイケアに来た日に
『〇〇さん、先日〇〇さんの親という方から連絡がありました。以前お話をお聞きした時に『親はいません』と話をされていましたが、どういうことですか?」
〇〇さんはすっとぼけた顔をして
「あー、あれは『ここには』親はいません、という意味です」
思わず頭を抱えてしまいました。
「何その紛らわしい言い方」
「だってそういう意味で答えたっていいでしょう?」
「病院で話してるのにそんな意味で言う訳ないでしょう?」
「ああ、違ってたんだったら申し訳ありません」
 確信犯でそうやって答えたな、と思いましたが、こちらのミスです。本当にやられたと思いました。
 他にも面白かったのは、ある時心理検査をした時のこと、臨床心理士の先生からバウムテストを見せられました。
「詠み人知らずさん、〇〇さんのバウムなんだけど、すごい小さくて、本当に自信がないですね」
左隅に描かれていた小さな木。線も細く、幹も枝も一本の線でしか描かれていません。心理士さんは「やっぱり自信がないのかなあ・・・」と心配していましたが、私は気がつきました。
「あの人この検査で遊んでますね」
「あ、遊んでる?」
「よくみて下さい。これ漢字の『木』の上にモクモクと葉っぱ描いているだけです」
「あ……」
心理士さんもまさか漢字を書くというイメージがなかったからなのか、漢字だと思っていなかったようで、盲点だったようです。
「もう一回書いてもらわないといけないかなあ」
「僕から言っておきますね」
 私はいっぱいさんに「漢字とか書かずにやって下さい」と伝えました。そうすると次の木の絵はなんとカタカナの『キ』にモクモクを描いて木にしていました。それもダメでしょう?と伝えたところ
「だって漢字はダメって言ってたから、カタカナ……」
「カタカナもダメです」
「やっぱし」
 と言うくらいにそんな遊び方をすることが多々ありました。そんな面白さは持っている人だと言うことも分かりました。

デイケアに馴染んできたのはデイケア開始後から2年が過ぎようとしている頃でした。他メンバーから押し付けられた形でグループ活動というプログラムに参加していたときにクリエイティ部というグループのリーダーを任されていました。その頃には毎日デイケアに来ていたので、週5参加になっていました。
次の目標を考える段階として働くにしてもどうしていくかなどを考えていくことになる時期ではありましたが、なかなか目標などの話をしても「自信がない」「僕には無理です」というばかりでなかなか目標が定まらない状態でした。

落語と出会った!

ある日、詠み人知らずが「就労支援プログラム」で他のメンバーから「もっと上手く話ができるようになりたい」と言われました。話し上手になるにはどうしたらいいんだろう、会話で話がスムーズに出てくるようになるにはどうするのがいいんだろうと相談されました。その頃、巷では落語がちょっとしたブームになっており、NHKでも朝ドラ「ちりとてちん」をやり出したタイミングでした。
「落語とかやってみたらちょっとは変わるかもですね」
そんなお気楽な答えだったのですが、そのメンバーは次のグループ活動の時に落語部を作ろうと考えたようでした。
グループ活動は3ヶ月ごとに違うグループで何かメンバー同士で考えてプログラムをするというプログラムで、毎回五人以上いるとグループ成立になるというルールがあります。
「五人集めるにはどうしたいいと思いますか?」
落語がやりたいというメンバーさんもそうはいないと思いながら、できたら面白いかなと思っていたところはありましたので、詠み人知らずの方でも誰かやってもらえないかなと考えていた時に思い出したのが〇〇さんのセンスとそしてお笑いが好きということ。
「〇〇さんがお笑い好きなんで、やってくれるかもよ」
そんな軽い気持ちで答えたのですが、結局なんと7人ものメンバーが興味を持ってくれ、落語グループが成立したのでした。

これがまたき亭いっぱいさんと落語との出会いでした。



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