第二章 二 古野家
数日が過ぎて、ヒキガエルでいる事も慣れて来た。
どうしてこうなったのかは、今でも分らないけれど、僕はヒキガエルになり、ひい爺さん、ひい婆さんが、生きていた時代にいると言う事は分った。
古野家の床下は、いい具合(ぐあい)にどこにでも潜(もぐ)って眠(ね)る事ができた。
もともと、山暮らしに憧(あこが)れていたのでそれなりに楽しい。
なにより嫌(きら)いな勉強を、やらなくていいのは嬉しかった。
とにかく僕は勉強ができなくて、学校ではビリから二番目だった。
ビリでなかったのが救いだったが、気がちいさいせいもあってか、四年生になってからイジメにあい学校に行くのも辛かった。
いじめっ子は三人で、いつも蹴(け)られたり小突(こづ)かれたりした。
いじめっ子の一人が後ろの席になった時は授業中に、コンパスの針で背中を突(つつ)かれたこともあった。
クラスの誰も注意することもなく見て見ないふりをしていた。
一番、最悪だったのは学校の帰り道で、いじめっ子は犬の糞(ふん)をふんづけた靴で僕の足を蹴(け)った。
僕は逃げるように走って帰り、家に着くと都合よく誰もいなかったので、いそいで風呂場で足を洗い着ていたズボンをビニールの袋に入れて、公園に戻りゴミ箱に捨てた。
「制服の洗い替え用のズボンがないのだけど、知らない?」と母が僕に聞いてきたときは、ドキッ!としたが、
「知らない」と答えた。
そんな嘘をついた、自分も情(なさ)けなく、もう限界だった。
朝学校に行かなければと、思うだけでお腹が痛くなった。
今は昼まで寝ていても、夜更(よふ)かしをしても叱(しか)られる事もなく、イジメにあう事もなく、ときどき家族の夢を見て悲しくなる以外は、楽しい毎日を過ごしている。
梅干し小屋の横には小さな沢(さわ)があり、その沢の水は下の田んぼに流れ込んで、そこでぎんさんは稲(いね)を育てていた。
田んぼの水がうまく流れるように、沢の泥や草をときどき取り除(のぞ)いたりしていた。
僕は、沢の水を滑り台にして田んぼに降りてみた。
稲の根の間をスイスイと泳いでいると、小さな虫が稲の茎(くき)を食べているのを発見した。
「ぎんさんが、大切に育てている稲に何をしているのだ」と怒鳴ると同時に、僕の舌はベロンと伸びて……次の瞬間(しゅんかん)その虫を食べていた。
ミミズより美味(おい)しかった。
ミミズは泥くさいけど、この虫はさっぱりしていて、なかなかいけると思い、片(かた)っ端(ぱし)から食べてやった。
「ぎんさんの大切な稲を食べる虫は許さんぞ、ゲップ、こいつもだ、ゲップ」
僕は、毎日田んぼに行き稲の茎を食べる虫を食べまくった。
やがて秋になり、ぎんさんの、田んぼの稲は、金色の穂(ほ)を実らせた。
藤松さんと稲かりをするぎんさんは嬉しそうに、
「今年は害虫にもやられなくて、いい米が出来たのら」と話していた。
こんな僕でも役に立つ事が嬉しかった。
花壇の下の畑では野菜をつくり、沢の下の田んぼでは米をつくり、藤松さんはときどき川に行って魚を取って来る。
家族が食べる食事は、ほとんどが自給自足だった。
これが自然と生きる事なのだなと思う。
そう言っている僕も自然の一部なのだ……。
それでもいい事ばかりではなかった。ある時、裏山を探検中に蛇に遭遇した。
動かずじっと隠れていると、たいがい蛇はどこかに行ってしまうのだが、この時は気付くのが遅く、蛇に近づき過ぎてしまった。
蛇は僕を睨(にら)み付けて、さすがにこの時は絶体絶命(ぜったいぜつめい)だと思った。
蛇が大きな口を開けて、今にも襲(おそ)い掛かろうとした時、とっさに近くにあった石を舌に巻きつけ、蛇の口の中めがけて、ピストルみたいに舌に巻き付けた石をビューンと飛ばした。
石はみごと口の中に命中。蛇がアタフタしている間に、まんまと逃げる事ができた。
「怖くて小便ちびってしまったよ、でもあの蛇、僕を石だと思い食べちゃったのかな?」とひとりごと言いながら、なんだか可笑しくなってきた。
山にはたくさんの虫や爬虫類(はちゅうるい)がいる。
もちろん大好きなカブトムシやクワガタもいて、オオクワガタに遭遇したときは感激だった。
思わず食べそうになってしまったが、さすがに思いとどまった。
食事の時は、田んぼや畑に行き、害虫と呼ばれている虫を食べた。
稲刈りも終わり、ワラ小屋はたくさんのワラが詰(つ)められていた。
ぎんさんは、ワラ小屋にムシロを敷きその上に座り草履(ぞうり)を編んでいる。
里の人たちは、みんなこの草履をはいている。
草履を編んでいるぎんさんのお腹も大きくなり、この頃になると夜遅くまで古くなった浴衣をほどき、おしめを縫っていた。もうすぐ赤ん坊が産まれるのだ。
山の木々は赤く色づきすっかり秋になっていた。
「おお寒」夜になると寒さも厳しくなるとともに、身体の動きも段々鈍くなり、さすがの僕も冬眠は避けられないようだ。
床下の土を掘り起こし、潜(もぐ)りこんだ土の中は暖かくて気持ちよく、ウトウトと眠り始めた。
その時、「おとやん……生まれる」ぎんさんの叫び声が聞こえた。
僕は驚いて飛び起き、家の方に行った。
勝手口から藤松さんが、あわてて飛び出し、日も暮れすっかり暗くなった山道を駆け下りて行った。
開けっ放しだった扉の隙間(すきま)から中に入ると板間でぎんさんが、くの字になってお腹を抱え倒れていた。
『病院、病院、早く病院に連れていかないと』僕は土間を行ったり来たりしたが、どうする事もできなかった。
ぎんさんは奥の部屋に這(は)うようにして入って行き、僕は心配で自分がカエルである事も忘れて、ぎんさんの後をついて行った。
仏間の隣の奥の部屋につくと、ぎんさんは押し入れを開けて、下の段の隅に丸めて入れてあるふとんを、引っ張り出そうとしていた。
その時、寝(ね)間(ま)着(き)の上にはんてん姿の幸(ゆき)子(こ)が慌(あわ)てて入って来て、すぐさまぎんさんが、引っ張り出そうとしていたふとんを出して部屋に敷き、ぎんさんを寝かせた。
「すぐにとし婆が来るのら」と言いながら背中をさすった。
「病院、病院早く病院に…」と僕は叫びながら玄関と奥の部屋を行ったり来たりしていた。
ほどなくして、藤松さんは風呂敷包(ふろしきづつ)みを抱え、少し腰の曲がった小柄なお婆さんと、体格のいい中年の女の人を連れて帰って来た。
「とし婆、いくさん、早よ来てらよ」と幸子の叫び声を聞いて、とし婆は風呂敷包みを藤松さんから受け取り、いくさんと奥の部屋に入って行った。
とし婆は風呂敷を開けて白い割烹着(かっぽうぎ)を取り出し手際(てぎわ)よく着て、ぎんさんのお腹に耳をあてしばらくして顔をあげ、
「もうすぐ生まれるのら、ぎんさん大丈夫か?油紙(あぶらがみ)はあるか?」と聞いた。
ぎんさんは、声も出せず部屋の隅(すみ)を指さした。
部屋の隅には、大きな風呂敷包(ふろしきづつ)みが置いてあった。
幸子がその風呂敷包みを開けると、脱脂綿(だっしめん)とさらし、ガーゼ、産着(うぶぎ)やおしめが入っていた。その中から茶色い大きな硬そうな紙を出して広げ、
「ぎんさん、油紙を布団に敷くさけい、ちいっと動いてらよ」
と言い幸子は、ぎんさんを一旦(いったん)ふとんから出し、その布団の上に油紙を敷(し)いた。
「お湯を沸かさんと、よね婆も呼んでこんと」その言葉を聞いて藤松さんは再び、外に飛び出して行った。
「病院、病院、早く病院に……」と僕はまた叫んだ。
幸子さんはお湯を沸かすために台所に行き、僕はオロオロしながら幸子について台所に行った。
かまどに薪(まき)をくべたあと、幸子は大きな鍋を抱え井戸に行き水を汲み、それをかまどにかけた。
かまどの火が消えそうになっていたので、急いで息を吹きかけて火を起こしていた。
ぎんさんのうめき声はますます大きくなり、その声に仏間で寝ていた義一が起きて泣き出した。
いくさんが泣いている義一を、抱きかかえ台所の土間に連れて来たが、なかなか泣き止まない。
見かねた幸子が義一を抱き、外に連れだそうとしたとき、藤松さんが女の人をふたり連れて玄関から入って来た。
幸子は義一を抱いたままふたりに駆け寄り、
「よね婆とみきさんが来たのら」と泣いている義一をあやすように言った。
「義一かしこうしとらか」とよね婆が義一を抱くと、ヒックヒックと泣きじゃっくりをあげながら、なんとか泣き止やみ、
「さすが、婆さんやのら」と幸子は感心したように言った。
どうやらよね婆は、ぎんさんのお母さんで、みきさんは妹だった。
「そういえばこのふたりはときどき、ぎんさんの様子を見に来ていたな」
その他(ほか)に里の人たちが頻(ひん)繁(ぱん)に出入りしていた。
この里の人たちは、ほとんどが親(しん)戚(せき)で、女の人も男の人も小柄で痩せていて、みんなどことなく顔も似ている。
藤松さんはもともと里の出身(しゅっしん)ではないせいか、
やや肥気味(こえぎ)み)だった。
祖母と母は藤松さんに似てしまったのかな?
そういう僕もポッチャリしていた。なんとか泣き止んだ義一をよね婆は、
「家に連れて帰って、寝かせたれよ」と言いながら、みきさんに預(あず)けた。
泣きつかれてグッタリしていた義一を抱いてみきさんは、外に出て行った。
幸子はぎんさんが、洗濯の時に使っている大きなタライを裏から持って来て、台所の土間に置き、井戸の水を汲みタライに入れていた。
藤松さんはかまどに薪(まき)をくべようと土間を動きまわっていた。
みんなは慌てていて、僕に気付きもしないので、何度も踏んづけられそうになり、水瓶(みずがめ)の裏に身を隠した。
奥の部屋からはぎんさんのうめき声と、とし婆、いくさんの声が聞こえた、
「ぎんさんがんばれ、しっかりいきみなされ」
「あ……頭が見えてきたよ、もう少し、かんばれ」
鍋から出る湯気やら、人の熱気で頭がクラクラしてきた。
暫(しばら)くすると、「オギャー」と鳴き声がした。
あわてて幸子が、水の入ったタライに熱い湯を足し、よね婆が手でかき混ぜているところ
に、白い布に包まれた赤ん坊をいくさんが抱きかかえ、
「元気な、おなごん子だ」と言いながら、用意していたタライの中にそっと入れた。
僕は水瓶の裏から乗り出して見ようとしたが、よね婆のお尻がじゃまでよく見えなかった。
その間、藤松さんと言えば、かまどの前でただひたすら、まきをくべ火に息を吹きかけていた。
やがてきれいに洗ってもらった赤ん坊は、産着を着せてもらい、いくさんに抱かれかまどの前に座り込んでいる、藤松さんのところに来た。
藤松さんは嬉しそうに赤ん坊をのぞき込んでいたが、すぐにぎんさんのところに連れて行ってしまった。
照れくさいのか藤松さんは、かまどの前に座ったまま、薪(まき)をくべては息を吹きかけ、火を起こし、そこから動こうとはしなかった。
「もう、火はいいから、早くぎんさんと赤ん坊の所に行けよ」と僕は呟(つぶや)いた。
「病院、病院、早く病院に……」と叫んでいるうちに赤ん坊が産まれた。
病院にも行かず、とし婆と里の人たちが手伝って赤ん坊を産んだ。
血の付いた油紙が丸めて土間の隅に置かれ、片づけもすませて、
「ほいたら、帰らせてもらうよ」とみんなは藤松さんに挨拶した。
藤松さんは、勝手口で丁重(ていちょう)にお礼を言ってみんなを見送ったあと、ぎんさんと赤ん坊の寝ている奥の部屋に行き、
「疲れたろ、ゆっくり休んでよ」と言う藤松さんの声が聞こえてきた。
それから、藤松さんはかまどの火を消して、電灯を消し戸締りをすると、再び奥の部屋に消えて行った。
僕はこっそり、部屋を覗(のぞ)いた。
仏間の奥の部屋で、ぎんさんと、赤ん坊、藤松さんが並んで寝ていた。
僕は排水口から床下に入り、さっきほった土に潜(もぐ)り込んで、心地よい眠りについた。
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