【#曲からストーリー】 存在ーMr.ECHOー
PJさんの企画に参加しました。
曲はNICO Touches the WallsのMr.ECHOで。
初めての小説!!
思ってたより、楽しく書けた。
僕は、大学デビューはできなかった。
高校の時とほとんど変わらない姿で、学部のガイダンスに出席した。
空いている席を探して適当に、後ろの方に座る。
できるだけ、教室の前の方には座らない。座りたくない。
メガネをかけた、テンション低めの教授がやってきた。
せっかく新入生に話すのに、このテンションはやめて欲しい。
大学にいる人って、何でみんなこういう話し方なんだろう、とガイダンスと全く関係ないことを考えていた時、後ろの席に誰かが座る気配がした。
遅刻かよ、と不意に思った僕の頭の中を見透かしたように、そいつが声をかけてくる。
「何か大事なこと言ってた?」
それが、君との出会いだった。
***
君の特技は、存在することだった。
いるだけで、場の空気を明るくする天才。
僕とは似ても似つかないのに、友達になれたのは君がどこまでも優しいからだったに違いない。
サークルでも飲み会でも、いつも話題の中心は君で、そこにいつも僕が一緒にいた。
一緒にいるだけで、僕は華やかな世界を味わうことができた。
就活の時期になっても、連絡が完全に途切れることはなかった。
君は東京に本社がある大手商社に、僕は僕にぴったりのひなびた中小企業に就職が決まり、二人で就職祝いに酒を飲んだ。
顔を真っ赤にしながら、お互いにおめでとう、おめでとうと何度も言うもんだから、周りのお客さんに笑われた。
久しぶりに二人で飲んだビールは、今までのどんなビールよりも美味くて、社会人生活がうまくいく気しかしなかった。
***
僕が就職した会社は、アットホームとはほど遠い、いわゆるブラック企業と言える会社だった。
サービス残業は当たり前、平日も休日もないような仕事をして、寝袋で会社に泊まり、朝がくればまた働く。
ごはんはいつ食べたか、お風呂に入ったのはいつだったか、なんて考えもしなくなった。
君はいつも心配して連絡をくれていたけど、そんな生活が続く内に、返事をする気力すらなくなっていった。
ある日、僕はとうとう、体の中がうまく働かなくなり、仕事へ行けなくなった。
上司にめちゃくちゃ怒鳴られはしたが、体は全く言うことを聞かない。
しばらく家で療養することになった。
***
僕が療養生活に入ってから一ヶ月が過ぎた頃、余りにも返事をしない僕に痺れを切らして、君は家にたくさんの食べ物と一緒にやってきた。
最後に会ってから一年近くが経っていたのに、大体のことを分かっているようだった。
「ほら、とりあえず水飲んで、何か食べろ」
焼きそばの、麺2、3本だけを口に運ぶ。
「他に何かないか、何かあったら言えよ」
この人は、あの頃から何も変わっていない。
でも、僕にはその素直な言葉が、とても疎ましく感じた。
「僕がこんな目にあって、楽しいんだろ」
「ほら、笑いたきゃいくらでも笑えよ」
口からそんな皮肉めいた言葉しか出て来なくて、君はずっと困ったような顔をしていた。
***
君がいなくなった部屋で天井を見上げながら、こんなはずじゃなかったのにな、と思った。
不意に、あの時飲んだビールの美味さが蘇ってきた。
それと同時に、目の前に座っていた満面の笑顔も思い出した。
僕は、大切な友達に、こんなにつまらないことしか言えない人間だったのか。
軋む体に同調するように、胸がざわめきだす。
ここから、変わらなきゃな。
しばらく前に、僕の中から姿を消していた炎が、小さく点っていた。
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