【#シロクマ文芸部:文化祭】私も知らない私
「文化祭、楽しかったね。」
隼人がそう言うから、私も素直に口にできた。
「すごく楽しかった。」
***
文化委員なんてどうせやることないし、と適当に立候補した四月。
高校の新しいカーストにも慣れ、やっと一年何事もなく過ごしたのに、クラス替えがやってきた。
空気を読みながら、新しいクラスに滑り込む。
私は八方美人でもないし、実際に美人でもない。
自分の中に意見はあるけれど、クラスの中で発言することはほとんどない。
カーストは多分下から数えた方が早いから、多数決の多い方に常にいるのが毎日を上手く過ごすコツだと思っている。
***
「…ざいまーす。」
部室の扉を開けると、クラス替えで同じクラスになったハヤトの姿があった。
「早いじゃん」
ハヤトとは部室では普通に話すけど、クラスの中では大っぴらに話さない。
暗黙の了解ってやつだ。
夏休みに写真部に来ても、大した活動はないから来なくてもいい。
だけど家にいても暇だから、何となく週に1回は来てしまう。
「もうすぐ文化祭だな。」
ハヤトも特にやることはなさそうだ。
「そうだね、夏が終わるね。」
文化祭の前になると、文化委員は急に注目されることが増える。
文化委員の文化って文化祭の文化だって、昨年分かったはずなのにすっかり忘れていた。
「ダンスと、ホットドッグ屋さんで多数決とりまーす。」
私と大体同じカーストにいるアヤナが不機嫌そうな顔をしていたけれど、何とかダンスイベントに決めることができた。
中間管理職ってこういう気持ちなんだろうな。
衣装の絵まで描かされる企画書を提出して生徒会の承認がもらえると、文化祭の準備が本格的になる。
自分たちの得意なことを自慢しても変な空気にならないのは、この時間だけだ。
いつも仲間内で漫画を貸し借りしているケイイチは、絵が上手い。
看板はケイイチが仕切って、どこよりもポップに仕上がりつつある。
噂を聞いたのだろうか、他のクラスの人が見に来ることもあるくらいだ。
ユリはダンス部のユイとアカリと一緒に、みんなに振付指導をしている。
いつもは人に厳しいユリが、みんなの分の振付も考えてきてくれたことにはびっくりした。
内気なアオイは、実は裁縫が得意らしい。
「多分、できると思う。」
小さな声で立候補したアオイが一日で書いてきてくれた型紙を元に、大量の布を買ってきて、自分たちで衣装を作ることになった。
もちろん、みんながみんな衣装を作るのは大変だったけれど、できなかった子の分はアオイが作ってくれた。
朝から晩まで、できる人ができることをやる。
お昼には、今までお弁当を一緒に食べたこともない人と買い出しに行って、何だか少し罪悪感を感じながら、廊下で輪になってみんなで食べる。
文化祭の話をすればいいから、話題に困ることもない。
ハヤトはダンスはやりたくなかったのか、撮影係に立候補していた。
だから準備期間はほとんど姿を見ていない。
私もできることならそうしたかったが、残念ながら文化委員だ。
総監督的な立場でそれぞれの持ち場を回る。
「明日本番だけど…出来上がりそう?」
と声をかけると、舞台装飾のミナミが笑顔で答えてくれる。
「余裕余裕!これで終わりだから大丈夫だよ。」
いつもの学校にいるのに、いつもと違う動きのせいで胸がザワザワとしてしまう。
いよいよ明日だ。
***
“次は、エントリーナンバー6番、3年C組によるチアです!“
とうとう最後のダンスになった。
本番はハプニングもなく、みんなの準備のおかげで滞りなく進んでいた。
ステージの脇から見る他のクラスのダンスもすごかったし、何よりさっきみんなで踊ったダンスも失敗せずにできた。
ハヤトは、ずっとステージの下から写真を撮っている。
舞台上はフィナーレとなり、最後の最後にみんなで作った紙吹雪が舞っている。
「きれい…。」
思わず口にしちゃったけど、誰も聞いてないよね。
あぁ、やっと終わった。
「お疲れ。」
いつの間にか隣にいたハヤトが、声をかけてきた。
「お疲れ。」同じテンションで返す。
「俺今から現像やるけど、見にくる?もう仕事ないだろ。」
「うん、ちょっと座りたいし行こうかな。」
***
校庭から校舎に入ると、水の中にいるみたいだ。
今日は学校の全部が文化祭だと思っていたけど、静かなところもあるんだな。
写真部の部室に入ると、無音に近かった。
「疲れたー…。」
急に体がいつものテンションに戻って、どっと疲れが出てきた。
「早速やってくるわ。」
「うん、私ちょっとここに座ってる。」
私はそのままウトウトしてしまっていた。
「終わったぞー。」
気がつくと、ハヤトが目の前に写真を広げていた。
「え!すごいじゃん!」
「だろ?いいの撮れたなって思ってたから、早く見せたかったんだよ。」
写真の中のみんなの顔は、お世辞抜きにキラキラとしていた。
準備中の写真もあるみたいだ。
汗をかいている笑顔、真剣に作業する顔、どの顔もクラスの中で今まで見ていた顔と別人のようだった。
「あ、これ。」
私、こんな顔するんだ。
私も初めて見た笑顔は、今まで見たどんな写真とも違う顔に見えた。
「自分じゃないみたい。」
隼人が、私を見て笑っている。
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