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お題電車(叔母のそら似 最後)

最後
 あと少しで、最寄りの駅に着く。叔母ではないことを考慮し、最寄りの駅から実家までの道のりは別の手を打った。これで心置き無く、叔母かどうか確かめられるわけだ。どうするべきか。待つか、話しかけるか。
 目的の半分は失った。叔母でなくても、まあいいのだけれど。ただ気になる。本当に叔母かどうか。マスクなんてなければこんな思いはしないのに。マスクのバカヤロー。
 窓越しでも、直接でも目を合わすことはない。そもそも、他人とわざわざ目を合わすことなんてない。私がおかしいだけなのだ。
 カウントダウンのように電車は駅に着く。扉が開く度、降りるのかどうか気にしているが、降りない。ここまで来たらますます叔母かどうか分からなくなってきた。
 もう遅いかと思うが、気にしても仕方がないしこれ以上チラ見しては不審者だ。変人だ。やめよう。こんな不毛な賭けは。
 とりあえず、他人ということにして私の好きな音楽でもかけながら優雅に時を過ごそう。電車で音楽を聞くなんてなんて贅沢なんだ。
 また、駅に着く。
 でも、叔母は降りない。
 次の駅に着く。
 でも、叔母は降りない。
 こりゃだめだ。降りる気配すらない。もう、私が降りる駅に着いてしまうよ。どうなるんだろう。
 テロンテロンのリュックが目に付く。
 実際、叔母だった場合なんて話しかけよう。久しぶり的な話をするか。そして、なんで帰ってきてるのなんて質問されるからその問いを答えて、なんで私に気づかなかったのとか責めよう。何時間も同じ空間に過ごしているのに気づかないなんて、ショックだみたいな話をしよう。
 次の駅が私の実家の最寄り駅になった。
 降りる準備をしなくては。あまり物をかばんから出してはないけれど、スムーズに降りられるように携帯の位置を確認したり立つ心の準備をした。
 自分の準備が整い、ぼーっと窓の外を見た。通路を挟んだ隣の席の叔母も降りる準備をしている。
 まさか、本当に叔母なのか……。
 また、期待し始めた私がいる。
 もう隣は見まいと思い、窓を奥を見る。馴染みのある風景だ。大学進学をきっかけに地元を離れた。親は戻ってくることを望んではいるが、一人暮らしの楽さを覚えたことと就職先の少なさから帰ることを選ばなかった。年に何回かしかこの風景は見ないのになんの感情もなくすんなりと受け入れる。
 まぁ、定期的帰ってきてるから懐かしさなんて感じないのだろう。それくらいの距離感であり続けたいけど、年々歳を重ねていくと難しくなっていくのだろうな。
 どこでもドアがあればいいのに。
 最寄り駅に着くというアナウンスが流れた。ぼちぼちだ。再度降りる気持ちを作る。
 徐々に近づく駅。駅のホームが窓の外に流れた。
 地元に着いた。電車が完全に止まったところで立ち上がり、身体を通路へ移した。
 通路を挟んだ隣の席が視界に入る。すると目の前にいる人物は誰でもない、知らない人だった。
 良かったー。話しかけないで。横顔はめっちゃ似てたんだけどな。
 そして、私は実家へと向かった。

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