「職場の教養」って、体験談が多くない? -実際多い-
「職場の教養」とは?
一般社団法人「倫理研究所」が発行している冊子「職場の教養」というものがある。400字前後の文章が1日1話という形式で掲載されている冊子である。
中小企業に勤められている方で、これを朝礼に音読している方は少なからずいるのではないか? 自分の勤める企業においても朝礼にて、当番制で音読されている。
内容は先の引用で挙げたように「一日一話」というスタイルで文章がまとめられており、タイトル、内容、「今日の心がけ」(標語)で構成されている。その作文の下には「日本再発見!」という日本各地の文化や建物、グルメなどのコラムが書かれている。
文章の内容は「まずやってみましょう」、「報告や相談を徹底しましょう」といった自己啓発、説教的なものである。こういった内容を毛嫌いする人間も多いためか、「職場の内容」をgoogleやbingなどの検索エンジンで検索すると「職場の教養をdisるサイト」がトップに躍り出る。「職場の教養をdisるサイト」では記事1つごとに「職場の教養」をdisるコメントが2~3個あるあたり、「職場の教養」は、まぁまぁ嫌われているようだ。
嫌われている一方で、表紙には毎月発行部数200万部(*1)と、にわかには信じがたい数字が掲げられている(ちなみに2023年4月〜2023年6月の「週刊文春」発行部数は46.4万部*2)。
自分は毎朝、「職場の教養」の音読を適当に聞き流しているのだが、ふと『体験談形式の話が多くないか?』という思いを抱いた。
「職場の教養」のページをパラパラとめくってみると「Sさんは三年前に母を亡くしました」(2023年4月号p28)、「Aさんの同僚Cさんは、とても綺麗な字を書くと、社内でも評判です」(2023年4月号p12)、「昨年、登山初心者のM氏は、夫婦で登山ガイドが同行するツアーに参加しました」(2023年4月号p33)など体験談形式の話がいくつもある。「職場の教養」は「幅広い話題」を掲載していると自己説明しているが、体験談形式ばかりなのでは? と疑ってしまうほど目につく。
数値で見てみないことには真偽がわからないので、体験談形式の話がどれくらいあるのか、文章を類型化したうえで、集計してみた。
類型化・集計の仕方
集計対象は2022年7月号から2023年6月号の掲載文章とした。「どのような話題を中心として文章を展開しているか」に着目し、「体験談」、「説教」、「祝日・行事」、「時事・流行」、「文化紹介」、「故事・寓話・ことわざ」、「季節」、「科学・医学」の8つに分類した。
(「体験談」を中心に取り上げるため、「職場の教養」本文の例示は「体験談」のみとした)
「体験談」
「Aさんは」、「B社は」などの名前がぼかされた人物・組織が登場するもの。
「説教」
規範的、自己啓発的な内容のもの。話題の起点が祝日や故事などであっても規範的・自己啓発的内容に接続され、それらに文章の多く割かれているもの。「祝日・行事」
「海の日」、「針供養」などの祝日・行事についての解説に文章が多く割かれているもの「時事・流行」
近年の事柄であるフェイクニュースやマインドフルネスなど時事的・流行な話題について取り上げているもの「文化紹介」
日本の麻文化、「お化け煙突」など日本や外国の文化、民俗的事柄などを取り上げているもの「故事・寓話・ことわざ」
論語、イソップ寓話、ことわざ、具体的な名前が挙げられている著名人の言葉、経験の引用を取り上げているもの「季節」
暑中見舞いやタケノコといった季節の食材について取り上げているもの「科学・医学」
セロトニンやC触覚線維など科学・医学系の事柄について取り上げているもの
集計結果
2022年7月号から2023年6月号に掲載されている文章364個を集計した結果、「体験談」の掲載数は146個。全体の40.1%を占めていた。
「体験談」の掲載数は他の話題の掲載数と比べ、「説教」の約2倍、他の話題の4~9倍と並外れて多かった。
集計した感想
「体験談」の掲載割合は40.1%と半数は超えないが、かなりの割合を占めており、多いと感じたのは正しかった。しかし、146個もの体験談を本当に収集しているのだろうか?
「職場の教養」の発行元である倫理研究所は「倫理法人会」という支部が全国にある。各支部ではモーニングセミナー、イブニングセミナーといった講演会や経営者の集いなどのイベントを行っている。また企業向けの活動だけではなく、「家庭倫理の会」という家庭向けの活動も行っている。それらの活動から体験談を収集していると考えられるが、「職場の教養」に掲載されている内容は、極めて教科書的な“良い話”すぎて胡散臭く感じてしまう。実際に存在した体験談だったとしても、ライターには、もっと現実味があるように書いてほしいものである。
ところで集計していて感じたこととして、体験談の内容は多様だが、物語論的に見たとき、内容の語り方、筋立ての仕方については似ているのではないか、という印象を持った。
「職場の教養」の文章は話題がどうであれ、末文は全般的に説教的、規範的内容にまとめられている。それを踏まえれば、"異なる内容"であっても、”同じ筋"が用いられていることが多いのではないか、と考えてしまう。
自分は物語論について詳しくないので、分析はできないが、「多様な話題」は正しくとも全て同じ書かれ方をしているとしたら、面白い。
補足
*1 「職場の教養」発行部数について
Webサイト開設時期が異なるためか、各支部のサイトで発行部数が異なるが埼玉、沖縄、北海道の倫理法人会サイトでは毎月発行部数として150~200万部と書かれている。しかし、2023年5月号から「職場の教養」表紙にあった発行部数200万部という文章が消えているため、現在の毎月発行部数は200万部を割ったのかもしれない。「職場の教養」は非売品であり、倫理研究所法人会員に会費一口(1万円)につき30冊贈呈となっている。コロナ禍において企業内ではコストカットの対象として挙げられることが多かったのだろうか?
参考文献
埼玉件倫理法人会,職場の教養と朝礼 活力朝礼で鋭気あふれる職場に,https://www.rinri-saitama.org/cyorei, (2023/09/17閲覧)
沖縄県倫理法人会, 職場の教養とは, https://rinri-okinawa.net/shokuba.php, (2023/09/17閲覧)
北海道倫理法人会, 活力朝礼の推進・職場の教養,https://www.hokkaido-rinri.jp/morning-assembly/, (2023/09/17閲覧)
*2 「週刊文春」発行部数について
「週刊文春」は現在の日本で一番発行部数が多い週刊雑誌なのだが、「職場の教養」は「週刊文春」の13倍ほどの月発行部数ということで恐ろしい。
「週刊文春」の販売価格は1冊税込み450円だが、「職場の教養」は会費一口1万円で30冊贈呈、つまり1冊334円である。「週刊文春」はそのときの政治、芸能などのスクープやグラビア、マンガなど様々なものを掲載して450円で約15.5万部なのに、「職場の教養」は400字程度の説教くさい文章を30個程度載せて334円で毎月200万部である。恐ろしい。
一般社団法人日本雑誌協会, 印刷証明付部数, https://www.j-magazine.or.jp/user/printed2, (2023/09/17閲覧)
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