うちの黒き猫 #6 別れの挨拶
すみちゃんとの生活が3か月過ぎたある日、誰かがうちの門戸をコンコンと叩いた。
「すみませーん。こんにちはー」
玄関を出て門戸を開けると、12~13歳くらいだろうか。ヒスパニック系?の可愛らしい女の子が緊張した面持ちで立っていた。
「あのー、黒猫飼ってますよね?」
来たか。
例の米軍夫婦の娘さんに違いない。
日本語は完璧だ。
米軍夫婦は日本語が全く話せないので娘さんを寄こしたのだろう。
「あぁー、うちで飼ってるわけじゃないけど毎日遊びに来てるわよー」
にこやかに白々しいセリフが吐けるのも年の功が成せる技。
「その猫、うちの猫なんですけど今度アメリカに帰る事になって…」
本国に移動命令が出たのか!
「あらそうなの。お宅の猫ちゃんだったの。どこの猫ちゃんかしらと思ってたのよー。 猫ちゃん、お名前はなんていうの?」
知っているが、『悪魔』と名付けた理由が気になっていたのもあり年の功を効かせてみる。
女の子はちょっと恥ずかしそうにしながら
「あの…ディアブロっていいます」と答えた。
「ディアブロ?! 凄い名前だねー」
初めて知ったようなふりをする。
これまでの流れ的にそうせざるを得ない。
「お母さんが、ディアブロってゲームがすごい好きで、それで…」と苦笑いしながら教えてくれた。
「それで、アメリカに連れて行けないのでこのまま猫飼ってもらえますか?」
やり取りをしていたら、すみちゃんが玄関から出て来た。
女の子が「ディアちゃん!」と呼びかけた。
しかし旧名ディアブロさんは女の子の呼びかけに無反応で、手を伸ばす彼女を完全に無視している。
なんだかこっちがつらくなり
「ほら、アメリカ帰っちゃうんだって。お別れの挨拶しようよ」
ディアブロさんを女の子の方にぐいと押しやったが、ぴょんと避けて裏庭の方に行ってしまった。
「これ、猫のdocumentです」と言ってA4サイズの封筒を渡された。
中にはディアブロさんのプロフィール、これまでに受けたワクチン等の記録書類が入っていた。
「で、アメリカにはいつ帰るの?」
「明後日です」
えっ!そんな急な話しだったのかい。
「そんな直ぐなの… 猫ちゃんは大事にお世話するから心配しないでね。じゃあお元気でね」そう伝えると、ぺこりと頭を下げて女の子は帰って行った。
その日からすみちゃんはうちの猫になった。