【ブルアカ】ヒナは甘えるし、じゃれるし、泣き言もいう【空崎ヒナ/小説】
うだるような暑さが続く夏。肌を焼く日差しが鋭く地表を照らす午後。
シャーレのオフィスでは、四角いビニールプールに溜めた水に、足を付けて涼んでいる男性の姿があった。
ワイシャツを腕捲り、ズボンを足捲り。
見るからにだらけきった姿を晒しているのは、この部屋の主である先生であった。
連邦捜査部。S.C.H.A.L.E。
通称シャーレを取り仕切る先生である。
仕事とあれば頼もしい大人であるのだが、夏の暑さに負けて脱力している姿にその面影はない。
窓際に設置された風鈴の涼やかな音を聞きながら、微かに流れる自然風を心地良さそうに浴びていた。
「気持ちいぃ……」
「なにしてるの、先生?」
厳かな性格を表すかのような、キッカリとしたノック音と共に入室してきたのは、ゲヘナの風紀委員を取り仕切る長、空崎《そらさき》ヒナであった。
身を焼くような気温だというのに、風紀委員長の制服をキッチリと着込み、汗一つ流さないヒナは、先生のだらしない姿を見て呆れるように目を細めた。
「なにって、足湯ならぬ足水?」
「……クーラーつければいいじゃない」
ヒナが来ても慌てない先生は、椅子の背もたれに寄りかかりながら、素足を上げてプールの水を弾く。
公的な仕事場だ。当然、冷房ぐらい備えている。
けれど、オフィスの冷房はついておらず、窓まで開けて外の熱気まで取り込んでいた。直接陽が当たらない分外よりマシ、といった温度だ。
ヒナの真っ当な意見を、先生は笑って受け流す。
「せっかくの夏だからね。満喫したいじゃないか」
「はぁ……仕事は?」
「息抜きだよ、息抜き。……どうせ、今日も残業だとも」
どんよりと淀んだ気配を先生は放つ。
ヒナがチラリと目を向けたデスクには、まだ未処理であろう書類の山が一つ、二つと並んでいた。
終わらない仕事に嫌気が差して、遊び心が出てしまったのだ。
本来、シャーレは目的のない組織であり、仕事があるわけではない。
けれども、連邦生徒会長がいなくなった学園都市キヴォトスでは、あちこちの自治体でトラブルが発生している。
各自治体からの要望が毎日のように届き、先生は寝る間も惜しんで仕事に明け暮れているのだ。
やらなくてもいい。けれど、大切な生徒のために頑張ろう。だけども、休みは欲しい。
結果、オフィスで水遊びをするという暴挙に出たのである。
仄暗い先生の表情から疲労を感じ取ったのだろう。
ヒナは仕事場で行うべきではない遊びに苦言をいうこともなく、先生を労わるように声をかける。
「あんまり無理はしないでね?」
「それをヒナ君にだけは言われたくないなぁ」
キヴォトスで一、二位を争う戦闘能力を持つヒナ。
同時に、ワーカーホリック具合でも首位争いをしている。
今日も目の下に隈を作ったヒナは、子供が叱られた時のように顔を伏せる。
「……私はちゃんと休んでる」
「昨日は何時に寝たんだい?」
「……二十八時」
「普通の人は昨日とは言わない時間だね」
午前四時である。世界の目覚めと共に眠っていては、ちゃんと休んでいるとは言わないだろう。
「いいの」
首を左右に振ったヒナは、自然な動作で先生の横に並ぶと、ちょこんっと黒いスラックスに包まれた膝の上にぬいぐるみのように収まる。
「私はこうやって息抜きをするから」
「息抜きになるのかい?」
ヒナの行動に驚くこともなく、先生は彼女を軽く抱きしめながら問う。
けれど、彼の質問に対する答えはなく、先生の膝の上で素足になりながら、チャポリと足を水につける。
「うん……ちょっと温い」
「氷を入れようか?」
「ううん。いい。このままでいて」
飼い主の甘える猫のように、心地良さそうに目を細めたヒナは、より密着するように体を擦りつける。
風紀委員の厚手の服からも伝わってくる体温。
「熱くない?」
「熱い」
「冷房をつけようか?」
「大丈夫。先生の体温を感じるのは、悪くない」
オフィスに入ってきた時ですら汗をかいていなかったというのに、ヒナの額にはじんわりと水滴が浮かび、白い前髪が貼りついている。
密着して余計熱くなったのは確かなのだが、心地良い場所を見つけたかのように安心しきっている。
普段、風紀委員長として気を張り、見せることのない彼女の稚《いとけな》い行動に、自然と先生の頬が笑みを描く。
「私も、ヒナ君の体温を感じるのは悪くないな」
「私、体温高いから……熱いでしょ?」
「満喫しているとも」
「バカ……」
ヒナを抱きしめる力をぎゅっと強めて、彼女の頭に軽く顎を乗せる。
「……重い」
「ヒナ君は、丁度良い大きさで抱き心地が良いね」
「小さいって言いたいの?」
「可愛いって言いたい」
「……可愛くないよ」
これまで機嫌が良かったヒナの声が、気落ちしたように小さくなる。
「今日も風紀委員の仕事をしていたら、怖がられたもの。皆、私から逃げていく」
「風紀委員長の時のヒナ君は、雰囲気があって格好良いからねぇ」
「格好良くなんてないよ。怖いだけ」
縋るように伸ばされた小さな手が、先生の手を摑まえる。
「……ほんとは私だって怖がられたくないけど、取り締まらないとゲヘナは簡単に無法地帯になっちゃうから」
「自由な子が多いからねぇ」
「自分勝手っていうの」
絡められたヒナの手に力がこもる。
落ち込んだ声音はいつしか怒気を含み、その矛先は当然のように一緒にいる先生へと向けられた。
「先生の、その、悪い面も良い方向に受け取るの、どうかと思う」
「良い生徒ばかりだからね」
先生にとっては事実だ。
少々、やり過ぎてしまう子もいるが、皆、優しい子ばかりなのだ。悪い面というのはなかなか見つけられない。
そんな先生の態度が気に食わないのか、むすりとヒナの唇が不機嫌そうに曲げられる。
「それだったら、風紀委員なんていらなかった」
「ちょっと羽目を外しちゃう生徒もいるから、見ている人がいるのは、良いことだ」
「先生は勝手」
ジロリと、紫水晶の瞳で睨まれ、先生はおちゃらけるように笑う。
「じゃあ、私もこわーい風紀委員長に取り締まられてしまうかな?」
「……今、捕まってるのは私のほうなんだけど」
「はは。確かに」
先生の膝の上で、彼に抱きしめられ捕まっているヒナ。
けれど、捕えられているというのに逃げる様子も見せない雛鳥を、捕食者は傷付けないように、優しく撫でる。
「こんなに可愛くて、優しいヒナ君が怖いわけないのにねー?」
「……自分ではそう思えない」
自虐的なヒナの言葉。
それを否定しようと先生は言葉を重ねようとしたが、続く彼女の言葉によって彼の心配が杞憂であったことを悟る。
「けど、先生がそう言ってくれるなら、頑張れる気がするんだぁ……」
コテン、と先生の胸元に頭を預ける。
■■
「――目標沈黙。全員、撤収するよ」
ゲヘナ自治区。
問題を起こした生徒たちを鎮圧したヒナは、夜闇のように黒いコートを翻すと、疲れも見せずに風紀委員たちに指示を飛ばす。
太陽が照りつける猛暑の中、汗一つ流さず淡々と仕事をこなす風紀委員長に、彼女に付き従う少女たちは、サイボーグでも見るかのように目を剥いていた。
「……委員長、こんなに暑いのにどうしてあんなに元気なの?」
「……私たちとは体の作りが違うのかもしれませんね」
『情けないですね、二人とも。私や委員長を見習ってください』
「「クーラー効いた部屋でのんびりしているアコちゃん(行政官)に言われたくない(ありません)!!」」
どうして風紀委員長が頑張れるのか。その謎を知る者は一人をおいて他にいない。
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【あとがき】
ヒナ可愛いヒナ……(*´ω`*)
水着実装記念に執筆したSS。
スクール水着以外もみたいなぁ?(|д゚)チラッ
【二次創作小説置き場】
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