魔女喫茶・エーテルにて(1)
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普段は鏡が多いがその日に限ってシェリーは、雨のせいでテラス席のスモークツリーやハーブ草たちが全てキャンパスの上にホワイトを乗せて混ぜたようなもやがかった窓ガラスに姿を現せて言った。
「あんた、誕生日でしょ。花贈っといたわ。ああ、礼なんていいの。あんたも歳ねえ。そんなの気にしちゃって。サリーに伝えておいてちょうだい、住所決まったんだったら早めに教えてよって」
例にもれなくシェリーの姿もホワイト混じりに薄らぼやけて、それはまるで印象派の画家が描いた絵画のようだとポンは思った。
「ええ、ありがとう。シェリーもお身体お大事にしてください」
半獣で猫の耳が若干寝ている(少し緊張している模様)ポンは早速届いたプラチナフラワーの花瓶を配達人から受け取り、サインがわりに肉球を一押し、薄くて柔らかい手触りの包装紙をめくり、(めくるたびに花弁が散るようにして消えていく)レジの横にある飾り棚に花瓶を置いた。と、同時に花が開く。
「見てサリー、今日はひなげしらしいよ」
やや、と三白眼の目を見開いてまだパジャマのまま多毛な黒髪があちこち出向いているサリーが驚いた様子でポンの指差す花瓶をまじまじと眺めた挙句、
「なんだいこれ、どうして花が咲くんだい」
と素っ頓狂に問うたが、ポンはいつもの事だと知り顔で、
「プラチナフラワーだよ。最近流行ってるんだよ?都会の方では誰もが持ってるよ。シェリーが言ってたでしょ、昨日あんなにお酒呑むからだよ。毎日お花の種類を変えて変化する花瓶だよ」
と説明するも、そうかいと頷いただけでサリーはせっせと鏡台の方へ向かって身支度をし始めるのであった。
──そうだ、雨だから傘立てが必要だ......。
思い立ってポンがブルーのシンプルなデザインをした傘立てを右手に、左手には傘を持ちドアを開けると、人が倒れていた。
反射的に尻尾の先がふくらみ、もう少しで牙を剥き出しになるところだった。
驚いた。誰だろう?
その男は傘を持ったまま倒れていて、ずいぶんラフな格好だった。縞模様のコットンパンツに、白のカッターシャツ。ずぶ濡れで水たまりに直撃した男の肌は泥水で汚れており、今まさにこの魔女喫茶『エーテル』に用事があったようにも見受けられた。手荷物は......ない。
すぐさま傘立てに彼の傘を立てると、ポンはサリーを呼びに戻った。
「人が倒れてる?ハッ、そいつぁ迷惑な話だね。どうしたっていうんだい、金の持ってるかどうかは確認したか?え?手ぶら?もうすぐ開店時間だよ。どれ、仕方ないね。ポンも気にしいなんだからなあ、全く」
サリーはその男に触れて、
「弱い魔力を持った人間と魔女の合いの子だねえ。何かが原因で不安定になってるよ。ポン、こいつをソファに運ぶ気はあたいはないよ。汚れるだろ。え?かわいそう?仕方ないねえ、あとでこいつここ来るかね?」
とポンが足、頭をサリーが支え、ひとまずポンが敷いたバスタオルの上へと寝かせることにした。
「サリー、この男性、土の匂いがとてもする」
ポンの嗅覚は猫並みに素晴らしい。
確かにこの男は陶芸家で、ただ今日は兼ねてからよりエーテルの惚れ薬を目当てに来ていたのだった。好きな女が振り向かない事が最近の事情で、恋人にはなれたもののこんなにも好かれていないのはどう言ったことかと頭を抱えていた所にエーテルの噂を聞いたのだった。しかしテラスから玄関の戸を叩こうとしたとき、サリーの強い魔力にやられて魔力負けして倒れていたのである。財布は透明雑貨店の“シークレット”で購入していたものなので二人には見えなかった。
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