40歳。そうは、なれなかった。でもこれでいい。
いま、憧れだとか、なりたい姿だとか聞かれたら、違和感は感じながらも私はたぶん、雑誌のVERYやSTORYに載っている、笑顔でハイソな服を着た人なんかを画像で選ぶだろう。
仕事も家庭も充実!だとか、ママ友との会食のみならず子どもの習い事の送迎にも綺麗な自分でいたいというママ。
40になった私は、憧れるといえばそのあたりだよね、みたいな属性になっているからだと思う。
でも、思い返してみたら、20代の私はそんな人には惹かれていなかったように思う。
会社員をしていた20代の時、とても惹かれる40代の女性の先輩がいた。
15歳くらい歳上だったと思う。
彼女の30代後半〜40代半ばを部署は違えど近い場所で過ごさせてもらった。
普通の制服OLだけど、仕事はできて、男性の上司や同僚には時に厳しい態度もとれる。
後輩の女性にはとても優しい。
センスがよく、美しい身なりをしているけれど派手さはなく、ハイブランドを身につけていたわけでもない。
知的で文化的なことを好み、発する言葉の端々に教養を感じていた。
仕事においても仕事外でも面倒見がよく、運動系のサークルも積極的に作ってくれた。
とはいえ、姉御肌というイメージもなく、いつも静かに微笑んでいる。
掴みどころのない、決して真相には近づけないような、ある種の性的な魅力は女の私ですら感じていた。
私が彼女と出会った時、彼女は30代後半で、何年か前に結婚しているようだった。
ただ、家庭の匂いが全くしなかった。
子どもがいなかったからかもしれないけど、旦那さんがどんな人か全く想像もできない。
でも、隠しているということも不仲な感じもない。
結婚式の話などは自ら語っていたし、なんとなくあまりこちらから旦那さんの話を聞き出せるようなオーラもなかったという感じ。
そして彼女は、不倫をしていた。
同じ会社の、そこそこ見た目的にはいけてるおじさん。
私はその男性の方にも、なんとなく目にかけてもらっていた。
その2人が仲睦まじく会社の近くの路上の壁にもたれかかり、語り合う姿を目撃した時、その姿はまるで初恋の中学生のようで、私はとんでもないものを目撃してしまったと思い、足が震えて引き返した。
一眼で、「そういう関係」だと分かる空気があった。
自分だけが見たであろうその秘密の関係を、内に秘めるべきか悩んだが、つい仲良しの同期に話した。
その同期は驚いていたが、「私も見た!」とその後興奮して話してくることになる。
後から知った話だけど、それは周知の事実だったらしい。
時には一緒に飲み会に行き、飲みすぎた彼女が男性にしなだれかかるという光景まで目にすることになった。
そんな2人を軽蔑的に見ていた、彼女と同じような年齢の先輩もいる。
でも、私は、そうした行いも含めてますます彼女のことが好きになっていった。
地味な制服OLをしながらも、凛とした美しさと教養を持ち、そして道ならぬことをしている。
20代の私には、実は彼女こそが憧れだった。
決してVERYやSTORYには出てこない、生身の美しさを感じていた。
そういう女性への憧れが、確かに私の中にはある。
話は変わるし次元も変わるけれど、
ひと昔前の映画で「東京タワー」という映画をご存知だろうか。
リリーフランキーのあれではない。
黒木瞳と岡田准一の歳の差恋愛を描いた映画で、江國香織の小説が原作となっている。
若い時の友人に岡田准一ファンがいて、映画館で観たいからと誘われてついていった。
その世界観は、まさに私が夢中になるものだった。
黒木瞳演じる40歳の既婚女性が、友人の息子である岡田くん演じる20歳の男の子と恋をする話。
武将とか社長になる前の、一番美しかった時代の岡田くんの作品の一つだと思う。
余談になるが、私はかつて黒木瞳だった。
中1の時に同級生から黒木瞳に似ていると言われ、その後定期的に何人もの大人から黒木瞳に似てると言われた。
5人くらい。
なんだよ、5人かよと思われるかもしれない。
そう、たった5人だが、浅はかな私は黒木瞳と自分に通常感じない何かを見出そうとしてしまっていた。
とはいえ、22歳を最後に言われなくなった。
私から黒木瞳の要素は消えてなくなって、今の私を知る人は「何言ってんだこいつ」と思うだろう。
でも、事実としてそういう時代があった。
おそらく、自分が黒木瞳に似ているという勘違いも相まって、この映画の道ならぬ美しい不倫関係に熱中してしまった。
今でもこの映画は好きだ。
結婚して旦那がいる、社会的に安寧な基盤を持ちながらも他の男性に惹かれて道ならぬことをしてしまう。
「背徳感」と「男性を惹きつける何か」に本質的に惹かれているのだ。
そんな自分を理解した上で、実際40歳を迎えた私がどうなっているかと言えば、
残念ながら「普通」の主婦をしている。
悪いことをする外見的な美しさもなければ、バイタリティもない。
めんどくさい。
こんな40歳になっていることを知ったら、20代の私はガッカリするだろうか。安心するだろうか。
自分の中に確かに存在する「背徳感」への憧れは持ちながらも、
そんな刺激的な毎日はいらない。
ただ穏やかに平凡に過ぎていく毎日に手一杯なのだ。
それこそ、道ならぬことをするには信じられないようなエネルギーも時間もいる。
家事や子どもの送迎してたらエネルギーも時間も吸い取られ、結果的にはVERYやSTORY的な世界観に憧れておくくらいの現状しかない。
腹も出てるおばさん体型そのもので、着れていた服は入らなくなるし、デパートのコスメカウンターにすら行けない私はもうどう頑張ったって黒木瞳にはなれるわけがない。
唯一の背徳感といえば、若いボーイズグループにハマり、推し活のために10枚くらい同じCDを買っている。
それを旦那に内緒にするために隠している。
そんな小さすぎる背徳感を持つのがせいぜいだ。
若い時になぜ、おばさん達がこぞって冬ソナだのヨン様だの、韓国俳優に熱をあげるのかサッパリ分からなかったけれど、今の自分がボイグルにハマって初めて、経験を通して腑に落ちている。
昨年うっかりサイン会に当選してしまい、数秒で何を話せばいいか分からなくなり、推しの23歳に「大好きです!」とうっかり告白してしまった。
後から思い出して自分で自分が気持ち悪かったので、もうサイン会だのお見送り会だのには参加しないと決めた。
ライブには行きたい。
だから旦那の目を盗んで、朝早くにCDを全て開封し、購入特典のショーケースへ応募をするためのシリアルコードをコソコソと入力した。
明日がその当選発表なので、ドキドキしている。
憧れた未来とは違うけど、等身大で無理のない背徳感と少しのトキメキがあれば、生活の潤いにはなる。
その程度が、実際に40になった私にはちょうどいい。そう言い聞かせている。