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好きなボカロ曲『優しくて十分な生活』(夕季ハルノさん)感想メモ #無色透名祭

タイトル: 優しくて十分な生活 / 重音テト

作者: 無色透名祭2 より
⇒ 夕季ハルノさんでした!
https://www.nicovideo.jp/user/97243130
https://twitter.com/yuhki_haruno

再生数: 1,039
 

https://www.nicovideo.jp/watch/so42899533


 ときどき「この曲をつくってくれてありがとう!」って思わず床にヒザをついて、指を組み合わせて絶叫してしまうような曲と出会えることがあって、この曲がまさにそんな曲。


 はじまりはギターだけでシンプルなんだけど、すぐに重音テトSVのめちゃくちゃいい声が加わって、歌詞がまた「まだ眩しい朝日の中」ではじまるので朝の白くて明るい光がパッと頭のなかを照らしてくれる。

 それから「慌てた声 焦げたパン」とつづくので、日常のなかのなんてことのない一日に想像がつづいていく。

 開始20秒でいきなり心をつかまれてしまった。


 間奏に入るとき、アラームが鳴って、コーヒーをそそぐ音(たぶん)やドアの閉まる音で一瞬静まるんだけど、サックスかわかんないけど管楽器のソロが入るところ、大好き。

 こういうとき、少し溜めてうわっと歌い出すパターンはわりと見るような気がするんだけど(それはそれで好きなんだけど)、楽器でこういう演出をしてくれると「歌声だけじゃなくて、楽器も含めた音楽そのものの力を信じてるんだな」って勝手に感じてしまってすごく好きになってしまう。


 禅語で「知足(足るを知る)」って言葉があるけれど、「優しくて十分な生活」っていうタイトルからもそれを感じとれるし、「僕らには掴めないものだってあるけれど」という間奏後の歌詞からもそうした種類の考えかたを勝手に感じている。

 いまに満足するって、言葉の単純さのわりにはすごく難しいし、「いや、それでもほしいものがある」ってもがくから新しい歌などの創作物が生まれる面もあるんだけど、やっぱりそれでもすごく好きな考えかたで、こういう「優しくて十分な生活」って等身大の言葉で、まっすぐな曲をつくってくれたことがなんだかすごくうれしい。


 冒頭で書いた「この曲をつくってくれてありがとう」って、そう思える曲に出会えたってことがとてもうれしいんだけど、ボカロのことを知るまでは音楽でこんな思いを感じたことはなくって、だからそれなりにいい年になったいまでもこんな感動を味わえている、音楽ってこんなにいいものだったんだって思えている、っていうことにも感動できて「感動の永久機関が完成しちまったなァ!」って気もちになっている。

 本当に大好きな曲。