切爆ワンライ「海」
今夜の寮には、切島がいない。
理由は単純で、実家に帰ってるってだけだ。ただそれだけの、なんてことない、週末の夜。だったはずなのに。
自室のベッドの上で天井を見上げて、ため息をつく。なんでだよ、なんか、眠れねえ。
ただあいつがいねぇだけなのに、なんでこんなに眠りにくいんだよ。苛立ちに任せて寝返りを打てば、ベッドが軋んで、ますます目が冴えてしまった。もうかれこれ1時間近くこうしてベッドの上にいるけれど、眠気はちっとも訪れない。
くそっなんでだよ、ってずっと考えていて気がついたけど、今日のこの部屋が静かすぎるからだ。いつもはあのバカが筋トレしてたり、勉強しながら大声で気合入れたり、なんか鼻歌歌ってたり、よく分かんねぇその生活音を聞いてるうちに、俺は眠っちまうんだ。それに気がついたら余計に目が覚めちまって、舌打ちをしながら、ベッドからのっそりと立ち上がった。
どうしてくれんだ、切島め。と思ったそのとき、指先に何かが触れた。それは、ベッドサイドに置いていた、部屋の鍵だった。鍵は2本。ひとつは俺の部屋の鍵で、もうひとつは、切島が置いていった、切島の部屋の鍵だった。あいつ曰く、「俺のいない間に勝手に入って漫画読んでていいから!」とのことだが、そこまでして読みてえ漫画なんかねえわ、というのが俺の正直な気持ちだった。
だから、この鍵を受け取ったときも、使う気なんて更々無くて、ただ、押しつけられたように思った。そう思ったはずだったのだが、今俺は、指先に触れた鍵を凝視していた。
それから数分後、俺は静かに自室を出て、そして隣の部屋の鍵を開け、中に入っていた。電気はつけずに、一歩足を踏み入れると、カーテンが開けっ放しで、窓から差し込んだ月明かりが部屋をほのかに照らしていた。何度見ても落ち着きのねえ部屋だな、と壁に貼られたポスターや文字を見ながら独りごちる。そして後ろでにドアを閉め、そのまま真っ直ぐ、切島のベッドに向かって歩いた。そして、ぼす、と乱暴にその上に乗っかった。ベッドの上に物を置くんじゃねえ馬鹿野郎、と思いながら、布団の上に乱雑に乗っていた漫画誌を床に落とし、布団の中に潜り込む。頭からすっぽり布団をかぶってしまうと、視界は真っ暗になった。
ああ、あいつの匂いがする。
そしてその匂いは、俺の気持ちを落ち着かせる。なんでか分かんねぇけど、この匂いを嗅いでるとあんまりイライラしないでいられる。本当になぜだろう。
でも、その匂いの効果は、それだけじゃなかった。
俺は馬鹿だったかもしんねぇ。
なんでこの部屋に来ちまったんだ。
布団に潜ってから約10分。俺は自分に大きく舌打ちをした。むかつくことに俺は、切島の匂いを嗅いで、エロいことをシたい気持ちになってしまっていた。
つまり、いつも切島としてることを思い出しちまったってことだ。
舌打ちをしつつも布団をかぶったまま、俺は頭上にあった枕に手を伸ばして、布団の中に引きずりこんだ。そしてぎゅうとそれを脚で挟むようにして、抱きしめる。あいつの枕は大きいから、そうやって抱きしめるのにちょうどいい。
枕を脚に挟んだまま、腰をゆらゆら揺らすと、半勃ちになってるモノが枕に押し付けられる。それは緩やかな刺激となって、俺の下半身を蕩けさせる。あーあ、俺、何してんだよ、と思う自分もいたけれど、布団にくるまってあいつの匂いに包まれているとそれだけで頭がぼんやりしてしまって、思考はとっくに停止しかけていた。ゆるゆるとソコに刺激を与えつつ、シーツの海に溺れるように鼻先を埋めてすんすん匂いを嗅げば、甘い吐息が自然に漏れた。
こんな風に自分で自分を刺激するのはほとんど初めてで(あいつと付き合い始めてから、そんな暇なかったし、それまではあんまり興味もなかったから。)、なんだか意識がどこかに飛んで行きそうだった。
「ん……」
わずかに漏れてしまった声に驚きつつも、俺は腰を止められなくて、どんどん息が上がっていた。やばい、なんだよこれ、気持ちにいいぞ。なんて、そんな風に思ったその時だった。
ブルルル…
と、ズボンのポケットの中でスマホが振動し、俺は死ぬほど焦って動きをピタリと止めた。しばらくじっとしていたけど、それでも振動は止まらなかったので、仕方なくスマホを取り出す。着信の相手は、切島だった。なんでこのタイミングで電話なんかかけてくるんだよ、あのバカは!!
ぎょっとしつつ、しばらく画面を凝視していたが、着信は止まらない。迷いに迷って、しかしここで出ないとあとでうるさく問い詰められる気がしたので、俺はしぶしぶ電話に出た。
『おっ、出た!』
「…何時だと思ってんだこのクソ髪。殺す」
『わりぃ、どうしてもお前の声が聞きたくなっちまってさ』
「そうかよ…」
もう切ってもいいだろうか、と思いつつ、切島の返答を待ち、俺は黙ってしばらく待った。その間、切島も黙っているので、俺が本当にもう切ってやろうと思ったその瞬間、あいつは恐ろしいことを言いやがった。
『爆豪さ、今、何してる?』
「なっ…にって、何もしてねぇよ、寝てたわクソがっ」
『ほんとに?』
「嘘ついて何になんだよ!」
『ふーん。息上がってるけど?』
「ああ?」
俺は思わず低い声でそう返したけど、心の中では、なんでわかんだよ、と若干引いてた。
『あ、いま、なんで分かるんだよって思っただろお。俺は爆豪のことならなんでも分かるんです。へへ、すげえだろ』
「バカなこと言ってんじゃねえぞ」
『ふふん、じゃあついでに、お前が何してたか、当ててやろうか』
「はあ?」
『俺のこと考えて、エロいことしてただろ』
この馬鹿野郎、こんな時にいい勘しやがって。いつもは鈍感なくせに!
「してねえ」
『嘘つけ! ぜってえしてた。ねえ、このまま続きしてくれよ』
「だから、してねえって言ってんだろ!」
大声で怒鳴ると、切島はくすりと笑う。
『あっそー。じゃあそれでもいいよ。それでもいいけど、じゃあ改めて、今から俺とこのまま電話でエロいことしてみようぜ』
「…あんまふざけたこと言ってるとまじで帰ってきた時殺すぞ」
なんて言いつつも、俺の自制心はすでにぐらぐら揺れていた。だって、さっきまでしていたことで、すでに体はすっかり火照っていたし、そのうえ、そんなときに切島の声を聞いてしまって、正直に言うと早くさっきの続きをしたかった。しばし考えてみたけれど、電話を切ってするより、このまましてしまった方がことが早いと俺の脳は判断した。(後から思えば、とんでもなく頭の沸いた判断だったと、自分でも思う。)
「…切島。おまえ、いま実家だろ? どこにいんだよ」
さすがにあいつの家族にこんな馬鹿げた行為を聞かれるのは耐えられない。そのくらいの判断力はまだギリギリ残っていた。
『俺の部屋だよ。だから、心配すんな』
「ふん…」
『な、爆豪、いつも自分でするとき、どうやってすんの? 教えて』
「自分でなんて、しねえよ!」
『えっ、そうなんだ。ふうん、それなのに、今はしてくれんだ』
電話の向こうであいつが笑ったのが聞こえて、俺の顔は一気に上気した。
『すげー嬉しい。じゃあさ、爆豪、俺が言う通りしてみてよ』
そんな風に言ってから、あいつは小さな声で俺にそっと指示を出した。それはとても単純な指示で、ただ、いま一番触ってほしいところに触れて、というだけの指示だった。でも、その声がいつもよりずいぶん余裕のある低い声に聞こえて、俺は反論もせずに、暗示にかかったみたいに、するりと下腹部に手を伸ばしていた。
「んっ……」
『…やべ、電話だと、声がいつもよりよく聞こえるわ…。爆豪、可愛い…』
「…うるせえっ」
『ほんとの事だからしかたねえだろ。なあ、俺の名前呼びながら、して』
「は、…き、りしま…」
なんでかわからないけれど、全然あいつの言葉に抗えずに、俺はアソコを枕に押し付けながら思わずあいつの名前を呼んでしまった。そして、腰をぐいぐい揺らして、刺激を甘受する。やばい、気持ちイイ。頭がふわふわクラクラして、なんでこんな気持ち良いんだろうって思って、ああ、もうこの際、ここで出しちまってもいいかな、なんてことが頭にちらつき始めたときだった。
あいつは、言った。
『なあ、爆豪。そんなに俺の布団の中でするの気持ちいい?』
は?
瞬間、俺はピタリと動きを止める。
おい、いま、こいつは何て言った?
なんで俺が切島の布団の中にいるって知ってんだよ。それはこいつに言ってねえぞ。
ぶわりと全身から汗が噴き出して、俺は布団をはねのけるように飛び起きる。そして入り口のドアを見て、頭のてっぺんから足の先まで沸騰したように真っ赤になった。
切島が、困ったような、照れたような表情で俺のことを見てたからだ。
「な、んで、おめえがここにいんだよっ…!」
絞り出したその言葉に、切島は顔を赤くして答える。
「…さっさとおまえに会いたくて、泊まらずに帰ってきちまった。まさかこんなことになってるとは思ってなかったけど」
「! こ、れは…べつに…! つーか、おめえ、自分の部屋だって言ったじゃねえか!」
「寮の、自分の部屋な。嘘は言ってねえぞ」
はあ、ふざけんじゃね!!
そう目を吊り上げかけた俺に追い打ちをかけるように、切島は言う。
「なあ、俺がいなくてさびしかった? それとも、俺の布団に忍びこんじゃうくらい、エッチしたかったのか?」
うるせえ、だまれ、と怒鳴ったけど、俺の顔は真っ赤だっただろうから、まったく意味はなかったようだ。
その後、俺は完全に盛りのついた切島にそのまま抱かれたことは、言うまでもない。
*
お題:シーツの「海」