Day4】ss5 天秤の上の街
ぴゅう、と乾燥した風が吹く。
一面砂に覆われたこの国には特等の吟遊詩人がいる。その声は天の御使いの声といっても過言ではなく、騒々しい街でも澄み渡るように響き、静かな夜の砂漠で耳にすればはその世界そのものが幻と間違えてしまうほど美しく感じるという。
但し、一つ欠点があった。
どんなに観衆が願おうとも砂漠の歌は紡がない。常に夢物語のような歌しか現実にはない情景しか語らない。騒々しい街中でも、静かな夜でも。
≪静かに雪の結晶が降り続ける
音は全て吸い込まれ 光もすべて吸い込まれ 熱もすべて吸い込まれ
あるのは全てを赦す雪原ばかり
嘗てと同じ白銀の世界は 視界の限りに広がっている
日差しはなく曇天ばかり まだまだ大地を見ることは敵わない
ある晩月が見えた夜は
地表の白銀が輝き 天には色とりどりの絹が流れ
その美しさに目を奪われた者たちは 翌朝氷の彫像となっていた≫
ここは砂漠の国。常に空には太陽が光り輝き、地面はほこりっぽい砂だらけ。ぽつりぽつりとある水源の周りに小さな街があるだけで、春の芽吹きも、夏の大樹も、秋の落葉も、ましてや冬の雪原なんてものありはしない
ただの夢物語だ。
特等の吟遊詩人はいつもこのような夢物語を吟じた。
街の人は手の届かないものを目の前にぶら下げられている気持になったのか
「どうしてこの国にない物ばかり歌うのか
この国の吟遊詩人というならば、この国の美しい砂漠と太陽を歌え!」
そう街の人が強く当たっても仕方がなかったことでしょう。
しかし吟遊詩人はこう答えた。
『この国には雪原ばかりでございます。静かに雪が降り続け砂漠なんて滅相もない。太陽だって多少は見えますが、夜の冷え込みでほぼないようなものじゃあございませんか』
真昼間の街中で、日差しが強く強く射貫く街中で、そう答えたのだ。
それ以来、街の人は徐々に吟遊詩人に石を投げるようになった。
どんな幼子が嘘をつく理由を問うてもこの調子。暫くすると町の人から蔑まれるばかりとなり、さすがの吟遊詩人も徐々に窶れていった。声も昔ほど美しさはとても保てているとは言えない。そうして年老いていき、もうかすれた声しか出なくなっても吟遊詩人は歌っていた。同じ、大地の歌を。
ある日、幼子が尋ねた。
「貴方は吟遊詩人なの?」
『そうだよ。私は吟遊詩人だ』
吟遊詩人はそのように答えた。
ある日、幼子が尋ねた。
「貴方は……私たちに向かって歌っていないのね。いったい誰に向かって歌っているの?」
『……よく気が付いたね。』
吟遊詩人はそのように答え、さらにつづけた。
『私は町の人に歌っているのではない。
彼らの足元、その地下深くにいる生き物に向かって歌っているんだ。
正直君の意志を確認したかったが、私ももう長くない。
申し訳ないけれど、この国の秘められた真実をきいて特等といわれる吟遊詩人になってもらうよ。』
気が付いたら無音になっていた世界に、彼は最後の大地の歌を歌った。
掠れた声には力が漲り、澄み渡る様は嘗ての特等といわれた時と遜色ない。その美しさは春夏秋冬の気配とともに鳴り響き世界を覆ったかに思えたが、周囲にいた人には聞こえないようで誰も足を止めなかった。
そうして歌い終えたのに、吟遊詩人は語り始めた。
『私の声も、もう普通に戻ったようだ……今一度だけ真実を話そう。
この国の地下には大地を狙う生物が住んでいる。大きな大きな蠍のような、この世界の生き物ではどうにも敵わない悼ましい生き物だ。奴は遠い遠い昔、突然空から降ってきたそうだ。
当時は人々だけではなく他の生き物も力を合わせて戦ったが到底勝てるものではなかった。最終的に全ての生き物は大地を捨て地中へと潜り、奴が地表で過ごす世界となった。
しかし、天のおかげか、神のおかげか、この世界に大寒波がやってきた。
その時奴は地中に逃げ込み、代わりに地中に潜んだ生き物たちが地上に追い出された。どうにかこうにか寒波を乗り越え地表で過ごして今に至るというわけだ。
そして奴は未だに地中の中。地中にいながら生き物の声をきき、外に出る機会を虎視眈々と狙っている。
長くなってしまったが、私たち特等といわれた吟遊詩人たちは奴に向かって歌っているんだ。
地上は日差しが少なく大地から出てもお前が生きることはできない、と。
さて、私もそろそろ限界だ。
こんな短い時間の引継ぎで申し訳ないが君に残りを託そう。
最後の注意だ。
君はさっきの歌を聞いて、やつにむかって歌うことができるようになった。
人間にとっても美しい歌声といえるだろう。
いいね、どれほど求められてもこの国の日差しと大地を歌ってはならない。
奴がすぐに目覚めてでてきてしまう。
嘘だといわれても認めてはいけない。
奴に聞かれたらすぐさま大地から這い出して来るだろう。』
そう囁いた特等の吟遊詩人の声は、聴きとるには困難なほど掠れ、疲れ切っていた。
この国がいつ滅びたのか、どのように滅びたのかはどこにも記されていない。
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