Day2】ss3 その髪の行方は
長く長く伸ばした黒い髪。
願掛けをしながらつやつやになるように伸ばした髪。
知っているのよ?
毎日にでも会いたいあなたは、綺麗な髪が好きだって。髪の調子が良い日にあなたに会いにいくと目を細めた笑顔が見れる。……調子が悪い日に会いにいくと、他の人の髪を見てばかり。
だから丁寧にケアしてから、今日も美容室へ向かったの。毎日でも会いたいあなたに会いに。
ねぇ、その手にある銀色はなぁに?
その日初めてショートにした。二度と来ることはないだろう。
私のことを好きな彼女は、ちらりちらりとこちらの機嫌を伺ってくる。
彼女は非常に素質がある。夜に揺蕩う湖の深い奥底のような、暗い青が透ける黒。猫のように捕まる気がないと言わんばかりに指を通り抜けていく滑らかさ。何をとっても素晴らしい。
だからこそ彼女の眼に熱が浮かんでいると気がついた時は歓喜したものよ……彼女には日常を丁寧に過ごして欲しかったから。
……そうして待ち焦がれていた収穫時期がきた。
敢えて指につけた銀色は意図した通りに彼女の心を貫いたようだ。
嗚呼、嗚呼、やっとその髪を手に入れることができる。
ずっと、ずっと、君を見かけた時から焦がれていたその黒い輝きを
やっと手放してくれるのか。
どうして、どうして、未だに君のことを想ってしまうのだろう?
遠い昔から人の髪を入手して生きてきたわけだけれど、ここ最近の人類は怖くてね?髪を勝手に切ると怒られるんだよ。それ故にこうして髪を切ることを生業として人に混じって生きていたんだ。
そんな風に日々それなりの髪を得てそれなりな生活をしていたんだけど、ある日君を見かけてしまったんだ。君は輝いて見えた。多少髪はパサついていたけれど、多少不揃いであったけれど、どう見てもケアなんてしていなかったけれど、どうしても君から目が離せなかった。それ以降寝ても覚めても君が気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって仕方がなかった。
幾日か過ぎた頃、君が僕が働いている店に来てくれた。
神なんて信じていないけれど、神に感謝したものさ。まだ私は君のことが気になっていたし、君の髪はケアされていなかったし、私の手でそれを治療しより良くできるのは本当に楽しみだった。初回の来店以降隠れて君の専属になって、ちゃんとケアしているかちゃんと絹の枕カバーを使っているのか髪を濡らしたままにしていないか熱を与えすぎていないか日焼けしていないかって少しずつ私の知識を私の術を注ぎ込んでいった。そうしてケアを続ける中で君が来てくれることが楽しみで、でも私が君を心待ちにする理由なんて髪しかないはずで、ご馳走を育てるのがこんなに楽しいのかと思いながら日々過ごしていた。
……そんな楽しい日々を過ごしていたらもう最高品質といって良い髪質になっていた。もう、私と君が会う理由は、ない。次の来店がこの髪の収穫時期だと定めた。もう、君は、私と会う理由は、ない。もう丁度いい、もう、貰っていいだろう。
そう思いながら3回ほどの来店を見て見ぬ振りをした後、君の眼に熱を見た。でもね、私と君は、どうやっても縁なんてないんだよ。生きる時が違う。生き方が違う。食べるものだって、価値観だって。
胸が苦しい……もう、君の瞳をまっすぐと見る事は、できないなぁ。
おしまい。
髪切りが現代に美容師として過ごしていて、人に恋をしてしまったらどうなるのかなって。
収穫した後、一体どうなったんだろうね。
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