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【小説】楽園の楽園(著:伊坂幸太郎、絵:井出静佳)惹かれたフレーズと感想


作品概要

伊坂幸太郎先生の作家生活25周年記念作品。物語は『所在不明の人工知能〈天軸〉の暴走で、世界が混乱に陥る近未来。開発者が遺した絵画〈楽園〉を手掛かりに五十九彦、三瑚嬢、蝶八隗の選ばれし三人は、〈天軸〉の在処を探す旅に出る――。』という短編。

雑感

伊坂先生らしく現代社会のトピックをユーモアと皮肉のスパイスで程よく味付けした構成や、物語の世界観を巧妙に表した装丁や挿絵が素敵な点など、全104ページというボリューム以上の満足感。

ちなみに、YouTubeのナレーターにアニメ『薬屋のひとりごと』猫猫役や『幼女戦記』ターニャ役などを務める声優の悠木碧さんを起用したのは個人的に大正解だと思っていて、可愛らしくもどこか陰りを帯びた語り口で、皮肉を語らせれば唯一無二の存在感を示す彼女は、実に適役だったかと(オタ成分がダダ漏れしてすみません・・・笑)。

惹かれたフレーズ

さて、本作で惹かれたフレーズをいくつか引用(作品の内容に直接触れますので、未読の方はご注意を)。

23ページ、小説『山椒魚』について

「〜『悲しみは悲しみとして、後悔は後悔として切り離していいのです』」
「どういう意味?」
「さあ。ただ、確かに感情はごちゃまぜにしないほうがいいのは確か。悲しみと後悔をいっしょくたにしないほうがいいし、不満と怒りは切り離したほうがいい」
「そうかな」
気に入らない相手だとしても、憎んではいけない。厄介な相手も、敵とは限らない
「ますます、意味不明だ。敵は敵だ」
「これを読んでみたらいいよ」
そういって山椒魚を携帯端末に電子送信する

37ページ、アダムとイブの原罪について

「わたしは、アダムとイブが楽園を追い出された話は、人間に理由を与えるために作られたんだと思っているんだよね」
「だから人間は、どんなものにも理由があって、どんなものにもストーリーがあると思い込んでいるわけ」
「ストーリー?」
物語は因果関係の宝庫だから。ウケるよね
「別にウケない」
「人間の脳は、どんなものにも意味があると思い込んでいる。だからこそ、脳が発達したんだと思うよ。とりわけ、理不尽な目に遭った時に、理由を欲しがって、勝手にストーリーをでっち上げることまでやっちゃうんだから。結果には理由があるはずだ、物語があるはずだ、って信じてる。アダムとイブの原罪も同じだよ」
「〜科学が、物語の嘘を証明してきたからだよ。科学だけが、物語に対抗できた。でもそうすると今度は、物語を成立するための、偽の科学が出てくる。これからはずっとその争いだろうね」

44ページ、キャベツとアオムシの関係について

植物は賢いって話だよ。自分では動けないし、手足があるわけでもないけれど、いろんな知恵があるってこと。たとえば、キャベツがアオムシに食べられたくない時、どうするか知ってる?」
「知るかよ。助っ人でも頼むのか」面倒臭くて、ろくに考えずに五十九彦は答えた。
「ウケる。正解。まさに、助っ人を呼ぶ。匂いを出して、アオムシの天敵、蜂を呼ぶの。それで、アオムシをやっつけてもらう。すごい仕組みでしょ。自分でアオムシは払いのけられないけど、そうやって対処しているんだから」

69ページ、人口知能『天竺』の暴走の原因について

(『天竺』は暴走しておらず、インターネットの回線と断絶されていたと判明。その断絶の理由とは)
「蝙蝠や鼠、蛾、そういった幾つかの種類の生き物のせいだったんです」(中略)
「アンテナやら通信ケーブルに群がっていたんです。蝙蝠は羽ばたきをしていましたし、鼠はケーブルを齧っていました。もちろんすぐには理解できませんでしたが、電波障害が起きていました。蝙蝠の出す超音波と、物理的は破損のせいです。たくさんの生き物が、ここと外部とを断絶させるために一致団結していたとしか思えませんでした」
一致団結?
(中略)
「知能を持つのは人間だけではありません」
知能を持つのは?五十九彦には話の意図が見えない。
「そして、もう一つ。知能とは、神経のネットワークにより生み出されます

77ページ、自然の集合知について

「(人口知能『天竺』の場所にある旧約聖書に書かれているような大樹について)あれだけの大きな樹ですから、地中に伸びる根は想像もつかないほどに長大、複雑に違いありません。根から地面に、地面から大気に、もしくは樹の枝や葉からほかの虫、生き物にも繋がるのではないか、と思ったところ、これはもう巨大なネットワークだと気づきました。インターネットが人間の集合知を活用するのと同じく、植物や動物が、わたしが気づかない方法で繋がり合い、さまざまなやり取りを交わし、大きな知能となっていても不思議じゃありません
「不思議だっての」五十九彦は呟きたくなった。「何を言ってんだよ」
NIという言葉が浮かびました」
はあ?五十九彦は眉をひそめる。
「人口的な知能ではなく、自然の知能(ネイチャーインテリジェンス)だからです」
(中略)
「この森で、自然の植物や生き物が組み合わさって、ネットワークを作り、巨大な知能となっているんです。その知能が目的を達成するために、植物や生き物に指示を出していたんですよ。地球の生きとし生けるもの、すべての集合知」

最後に(感想のまとめ)

世界が混乱した原因探しの旅のなか、旅の仲間はどんなものにもストーリーがあると思い込むのは人間の性質と語りつつ、行き着いた先がインターネットやAIの対極にある『NI』という結論。そして物語の結末へ。テクノロジーへの皮肉なのか、自然の摂理に関わる警鐘なのか、受け止めは様々と思いますが、実に楽しませてもらいました。

それにしても本作、先ほど紹介したような印象的なフレーズを密度を高めて紡ぎ、伝えたいことの解像度を徐々に上げていく様が実に美しかった。特に、81ページからラストまでの仕上げは、特にお気に入りのパート。

更に言えば、そんな感想に装丁や挿絵のイメージがマッチしたことで、一冊の本としての完成度が非常に高まったと思っています。

以上、作家生活25周年を飾るにふさわしい『楽園の楽園』のお話でした。

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