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『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st』の脚本があまりに完璧で泣いた。


おじさんは泣いた。ボロ泣きした。『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st』を観て、泣いた。9歳の魔法少女たちが空を駆けるアニメーションで泣いた

今日は、そんな話をしてみたい。

ひとつだけ結論を先取りしておくと、本作は「名前」をめぐる物語である。



・『魔法少女リリカルなのは』の「マクガフィン」

さて、『魔法少女リリカルなのは』および劇場版リメイク作品『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st』は、映画用語でいうところの「マクガフィン」ものの作品である。

「マクガフィン」とは、小説や映画のなかで、登場人物たちが追い求めるなんらかのアイテムのことである。スリラー映画などでよく見かける作劇手法で、泥棒が狙う宝石やスパイが狙う重要書類などが典型例だ。

追いかけるモノ・コトを設定することで、ストーリーを追いかけやすく、ひいては、作品をスリリングにすることができる。

『魔法少女リリカルなのは』においてのマクガフィンは、「ジュエルシード」という宝石である。ジュエルシードは、地球世界(「リリカルなのは」シリーズには、地球以外の世界も多く登場する)に21コ散らばっており、ひとつひとつが強力な魔力を有している。

放っておいては、地球に害を及ぼしかねないジュエルシード。平凡な小学3年生の少女・高町(たかまち)なのはは、フェレットの姿をした魔導士・ユーノ・スクライアと協力して、ジュエルシードを集めることに。

なのはは、インテリジェントデバイス(要は、めちゃくちゃハイテクな魔法の杖)・レイジングハートとともに、魔法少女としての第一歩を踏み出す。

しかし、ジュエルシードを集める魔法少女はもうひとりいた。彼女の名前は、フェイト・テスタロッサ。母であるプレシア・テスタロッサの命令で、使い魔・アルフ、デバイス・バルディッシュとともに、彼女もまた、ジュエルシードを収集していた。

目的をともにするふたりの魔法少女は、たびたびぶつかり合うことになるが――。

・高町なのはの哲学

アニメ版においては4話から登場するフェイト。しかし、劇場版においては、なのはが魔法少女になるエピソードの直後に初登場を果たす。以降、物語は高町なのはとフェイト・テスタロッサの関係性を軸に進行する。

1度目の邂逅では、会話を交わすことなく、戦火を交えざるをえなかったふたり。ジュエルシードを挟んで、2度目の遭遇において、なのはは、進んで自己紹介する。

「こないだは自己紹介できなかったけど。私、なのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校3年生」
(映画本編より)

しかし、フェイトは応えない。バルディッシュをかまえて臨戦態勢をとる彼女に、なのはは、「まだ名前も訊いてない」と訴える。まっすぐな呼びかけにフェイトは一瞬、逡巡した様子を見せるが、それでもやはり応答はせず、攻撃を開始。

なのはは防戦しつつも、「なにもわからないままぶつかり合うのは嫌だ」「どうして、ジュエルシードが必要なの?」と、フェイトの事情を訊こうとする。

このシークエンスは、以降の「魔法少女リリカルなのは」シリーズを象徴した重要な場面といえよう。

高町なのはのやりかたはいつでも、「事情を訊く」である。此方と彼方の利害が相反するとき、闘いは避けられないことかもしれない。しかしそれでも、なにか方法はある。そのためにまず、あなたの事情を、目的を教えてと訴えかける。

なのはの哲学の根底には、「理解」と「共感」がある。そして、その小さな小さな第一歩として、なのははフェイトから名前を訊こうとする。

以降のシーンでも、高町なのはとフェイト・テスタロッサは何度も何度もジュエルシードをめぐって争うことになり、そのたび、なのははコミュニケーションを試みることになるが、フェイトは頑なに反応しようとしない。

一方でなのはは、フェイトと使い魔・アルフのやり取りから、金髪の寂しげな目をした少女の名が「フェイト」であることを知り、その名を何度も呼ぶ。だけども、やはりフェイトは反応しない。まるで、自分の殻に閉じこもるかのように。

物語はぶつかりあいながらも、そんなフェイトの殻を徐々になのはが打ち破っていく過程を、ていねいにていねいに描く。

一般に、「リリカルなのは」シリーズは、キャラクターがほかのキャラクターの名前を呼ぶシーンが非常に多い。まるで、名前を呼びあうことが、想いをつなげることだと信じるかのように。みんながみんな「なのは」「なのはちゃん」とその名を呼ぶ。呼び合う。

そんななかで、フェイトの名前をまともに呼ぶのは忠実なる使い魔・アルフだけである。母であるプレシア・テスタロッサもフェイトの名を呼ぶには呼ぶが、そこにはジュエルシード集めに苦戦する娘への怒りなど、ネガティブな感情が込められいることが多い。

なんなら、「あなた」と呼ぶことすらある。娘へ向ける態度として、あまり親しい人称であるとはいいがたいだろう。

そして、前述したように、フェイトはなのはの名前を呼ばない。実は途中で、なにかをいいかけようとするシーンも数多いのだが、そのたびに、プレシアの妨害にあって中断される。

作品の中盤、一時的な共闘のあと、なのははフェイトのことをもっと知りたいと歩み寄り、「友達になりたいんだ」と、リリカルな名言を吐く。心を撃たれた様子を見せるフェイトだが、やはり応答するまえに、プレシアの雷撃がふたりを引き裂く。

そんなこんなが、映画のラストまでつづく。
では、フェイトがなのはの名前を呼ぶのはいつなのか。

それをたしかめるまえに、彼女の名前をめぐる物語を確認しておく必要がある。

・「名前」をめぐる叙述トリック


映画序盤、フェイトとなのはのはじめての邂逅直後に、こんなシーンがある。

横断歩道で信号待ちをするフェイト。横断歩道の向こうには、仲よさそうな親子。微笑ましい光景を見て、フェイトは幼少期を回想する。いまでは自分に厳しいだけの母・プレシアも、あのころは優しく穏やかな人だった。

だからフェイトは、どれだけ厳しくされようとも、母さんが大好きだ。だからこそ、母さんの願いを叶えるため、ジュエルシードをなんとしても集めねばならない。

このシーンから、フェイトは母の愛を強く求めていることが伝わってくる。しかし同時に、その呪縛に囚われてしまっているがゆえに、母以外は目に入らない。であるからして、すでに確認してきように、なのはからの呼びかけも、耳に入らない。

しかし、当のなのはの出現により、ジュエルシード集めは難航。フェイトはプレシアから、激しい折檻を受ける。使い魔・アルフは泣きながら、「あんなやつのために、もうこれ以上(がんばらなくていい)」と言うが、フェイトは「母さんのことをわるくいわないで」と、諌言を聞こうとしない。

母の願いを叶えるため、傷だらけの身体に鞭を打ち、ふたたび闘いに臨むフェイト。最終的に、なのはとフェイトは、お互いがこれまで集めたジュエルシードをフルベットして、一騎打ちにて決着をつけることに。

フェイトは「ここで負けたら、母さんを助けてあげられない」「あのころに戻れなくなる」と勝利への決意を固める。

優しかった母さんは、ある日を境に一変した。母さんが務めていた魔道工学研究室の実験での爆発事故。娘は魔導炉の爆発に巻き込まれ、意識を失い、長い眠りについていた。そして目覚めたとき、母は変わってしまっていた。

ときおなじくして、母・プレシアもかつての日々を回想していた。最愛の一人娘。片親で仕事が忙しく、寂しい思いをさせてきた、大切なあの子。仕事が片づいたら、学校にあがるまえに、あの子と長い休暇を過ごそう。そう思っていた。

ふたりの思いはおなじだ。あの穏やかな日々を取り戻すため、ジュエルシードを絶対に集めないといけない。

悲壮な覚悟のフェイトに、なのはは苦戦する。しかし、最後には愛機・レイジングハートとの連携とギリギリの機転により、紙一重の勝利をおさめる。

ジュエルシードは晴れてすべてなのはのもとに――しかし、そうは問屋がおろさない。闘いのさなか、プレシアはフェイトが一生懸命集めた9つのジュエルシードの力で、ある野望を果たそうとする。

プレシアを確保するため、彼女の旗艦「時の庭園」に乗り込んだ時空管理局(警察機構みたいなもの)の魔導士たち。なのはに敗北後、彼らに確保されたフェイトは、モニター越しにその様子を見つめていたが、そこで彼女は衝撃の光景を目撃する。

発見したのは、もうひとりのフェイト。いや、培養器のなかで静かに眠るフェイトに瓜二つの少女の抜け殻。

それを愛おしそうに、大切そうに抱えるプレシア。それは、フェイトが喉から手がでるほど望んだ光景。しかし、母の愛を受けるのは、自分とそっくりの謎の少女。

そう、フェイト・テスタロッサは、プレシアのほんとうの娘、アリシア・テスタロッサをもとにつくられたクローン人間であった。

フェイトが大切に大切に抱えていた幼いころの思い出はすべて、アリシアの記憶であった。ほんとうの娘であるアリシアは、魔導炉の事故に巻き込まれて、亡くなっていた。

作中でたびたび挿入されるフェイトおよびプレシアの回想はすべて、アリシアとの記憶であった。プレシアの回想では、「フェイト=アリシア」と誤認させる巧妙なミスリードが仕掛けられている。

プレシアは回想において、いちども名前を呼ばない。名前を呼ぶのは、その秘密が明らかにされるときだ。

いわばこれは、名前を使った叙述トリック。それにより、隠蔽され最終的に明らかになる真実は、あまりに辛く、厳しい。ゆえに、本作屈指の名シーンとなっている。

最愛の娘を亡くしたプレシアは狂気に駆られ、禁忌の実験――人造生命と死者蘇生の魔術の研究に没頭していた。その研究の名は、『プロジェクトF.A.T.E』

そう、フェイトが愛した母に与えられたのは、個人の名前などではなく、ただの研究プロジェクトの名称でしかなかった。
しかしプレシアにとって、最愛の娘・アリシアとフェイトは似て非なる別物であった。あるいは、ただの失敗作。

アリシアの記憶を持っているはずなのに、利き腕、魔力資質、人格も、なにもかもがちがっていた。なぜだ。なぜうまくいかない。こんな失敗作はいらない。

そして無理な研究が祟り、プレシアもまた、病魔に冒されていた。
もう時間がない。プレシアは最後の望み――「人造生命」ではなく、「死者蘇生」にすべてを賭けることに。

そのためには、禁断の秘術が眠るといわれている幻の世界・「アルハザード」にいかねばならない。そして、そのエネルギーを確保するため、プレシアは娘の失敗作・フェイトにジュエルシードを集めさせていたのだ。

そんなこととは露も知らず、母の願いを叶えるため、一生懸命に戦うフェイト。あまりに酷な仕打ちである。

しかし、その望みもほぼ絶たれた。プレシアは、集めたジュエルシードと「時の庭園」の駆動路を暴走させることにより、プレシアの抜け殻とともに、アルハザードへの一か八かの航行を実行しようとする。

その様子をモニター越しに見つめるフェイト。プレシアはそんな彼女に、「あなたをつくり出してからずっとね、私はあなたが大嫌いだったのよ」と言い放つ。フェイトは自分が信じてきたもの、生きる意味をすべて喪失し、絶望へと呑み込まれてしまう。

みなが最終決戦に臨むなか、時空管理局の戦艦内のベッドでひとり眠るフェイト。しかし、そんなときにまっさきに目に入ったのは、「時の庭園」で必死に戦う高町なのはだった。

フェイトはだが、なのはの名前を思い出せない。ちゃんと教えてくれたのに。何度も何度もぶつかって、たくさん傷つけたのに、話しかけてくれた。私の名前を呼んでくれた。母にすら愛されなかった、この私の名前を

名前を覚え、名前を呼び、名前を認めることは、相手を尊重すること。
ずっと支えてくれた使い魔・アルフ、デバイス・バルディッシュのために、そしてなにより――大切に接してくれたなのはのために、寂しげな目をした少女は、瞳に光を取り戻して、ふたたび立ちあがることを選ぶ。

ここで水樹奈々の挿入歌「Don't be long」が流れ出す。イントロは立ち上がるフェイトの心臓の鼓動のように力強い。

Don't be long 君との出会いで 胸に輝く勇気は
思いがけないほどに 大きく解き放たれた
運命に負けないように 一生懸命 動き出そう
計算違いの展開が 未来を切り開いていく

(「Don't be long」サビより)

「リリカルなのは」シリーズは、キャラクターたちが自らの弱さを超えて、前を向くその瞬間――水樹奈々の挿入歌が流れる。そして、おじさんたちは号泣する

「時の庭園」内で激戦を繰り広げるなのはたちのピンチに、フェイトは駆けつける。新しい自分をはじめるために。いままでの自分を終わらせるために。彼女は空を駆ける。

こうして、なのはとフェイトの物語は、母と娘の物語は、最終局面を迎える。その結末は、自分の目でたしかめてほしい。

そしてすべてが終わったエピローグ。フェイトは今回の事件の裁判を受けるため、地球を離れることに。そのまえに、なのはとフェイトはふたりで会う時間をもうける。
ここでようやく、最初の問いである「フェイトがなのはの名前を呼ぶ瞬間」が訪れる。

フェイトは、なのはのかつての言葉「友達になりたい」に応えようとする。しかし、孤独だった少女は、その方法がわからないと吐露する。そんなフェイトになのはは、「簡単だよ。友達になるの、すごく簡単」とほほ笑む。そしてその答えは――。

名前を呼ぶこと

フェイトはこれまでの遅れを取り戻すかのように、何度も何度もなのはの名前を呼ぶ。ふたりの心がほんとうにつながった瞬間だ。

名前をめぐるふたりの少女の物語は、ここでエンディングを迎える。
このテキストも、このあたりでピリオドを打ちたいが、最後に、なのはとフェイトのキャラクターソングを紹介して締めくくろう。

・新しいはじまりへ「Brand new Days」

その曲名は、「Brand new Days」。新しい日々のはじまりをなのはとフェイトの歌声が言祝ぐ、爽やかなポップナンバーである。

都合、3度のサビのなかに、こんなフレーズが登場する。
それぞれの歌割りにご注目いただきたい。

【1番】
(ふたり)
”はじまり”が 繋がってゆく
幾つもの絆と 願いと涙 勇気と

(フェイト)
これからも優しい声で ねえ
(なのは)
なまえをよんでね


(ふたり)
心に咲く花 笑顔でゆけるよ
いつだって
【2番】

(ふたり)
まだ誰も 知らない空で
出会えてゆく絆に 微笑み 笑顔
いつでも

(なのは)
溢れ出す祈りをこめて ねえ
(フェイト)
なまえをよぶから


(ふたり)
心に咲く花 笑顔をくれるよ
いつだって
(ラスサビ)

(ふたり)
”はじまり”は いつだってほら
突然訪れる
心に 勇気 抱きしめ

(ふたり)
溢れ出す 祈りをこめて ねえ
なまえをよぶから

(なのは)
あなたとなら

(ふたり)
これからも どこまでもつづく
星空に夜明けを迎えにゆけるよ
笑顔でゆけるよ いつだって

高町なのはが名前を呼び、フェイト・テスタロッサが名前を呼び、最後にはふたりで名前を呼び合う。泣くにきまってんだろ、こんなの

なお、先日、代々木第一体育館で行われたイベント「リリカル☆ライブ」のアンコールにて、この曲も披露された。

高町なのは役・田村ゆかりと、フェイト・テスタロッサ役・水樹奈々が、「なまえをよぶ」ときに、お互いを見つめ合っていた。それがどうにもアニメとだぶり、オタクの目からはとめどない涙がこぼれた。

(終わり)

(追記)
本テキストは、友人であるカヌ(@nm7_1021)くんとの議論がもとになっている。とくに、「Brand new Days」に関しては、ほぼ全面的に彼の見立てに依拠している。感謝して記しておく。


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