「HALFWAY」記憶の箱をひらく音楽
halfway(ハーフウェイ)、日本語で「途中」という意味だそう。
そして、この曲は『HALFWAY』
読み方は、ハルフウェイ。同名の映画の主題歌となった曲でもある。
歌っている女性は、Salyu(サリュ)。
(公式動画がライブバージョンしか無かったのですが、ライブバージョンもとても良いですね)
この曲に出会ったのは、私が二十歳になる少し前。
ギターのアルペジオの美しい音色から曲は始まる。
楽器隊の音、コーラス、Salyuの歌声、すべてが心地よく揺らいでいて。
まるで、薄暗い部屋で蝋燭の火をじっと見つめているときのような静かで落ち着いた気持ちになれる。
ちなみにジャケ写も美しい。
久しぶりにCDケースを手に取って開くと、まるでタイムカプセルみたいに記憶の箱も開いた。
✳︎
私がSalyuさんを知ったのは、高校生のとき。
共通のアーティスト(BUMP OF CHICKEN)を好きな友人が、「最近はまってるんだ」と教えてくれた。
貸してもらったアルバムを家で再生して、その歌声に衝撃を受けた。
・アルバム「landmark」より、「VALON-1」
それまで私は女性ボーカリストの「声」というものにあまり関心がなく、どの歌手の歌も同じように聴こえていた。
でも、彼女の声は「初めて」だった。
天から降ってくるような、それでいて天まで届くような伸びのある声。
かと思えば、大地に響きわたるような力強さもあって。
海のような包容力に、樹木のような生命力と、たおやかさもある。
花鳥風月、自然界のありとあらゆるものに溶け込むような親和性のある歌声。
「唯一無二」っていうのは、こういうことを言うんだ…と思わされた。
決して大袈裟な表現ではないと、彼女の歌声を聴いてもらえれば分かるのではないかと…思うのだけど。どうかな。
Salyuの歌声について、彼女のプロデューサーでもある小林武史は「天に向かい地に響く声」と評している。
また、Superflyの越智志帆は「強く記憶の中に残る歌声」、
BEAT CRUSADERSのカトウタロウは「母なる大地のような包容力のある声」「例えるなら日本のビョーク」、
くるりの岸田繁は「天にも昇るかのような歌声」、岩井俊二は「素晴らしい音色の楽器に思えた」と述べるなど(いずれもWikipediaより)多くのアーティストに絶賛されている。
生きているうちにどうか、ライブで聴いてみたい。
私は誰かにSalyuを勧めるとき、とっておきの贈り物を渡すような気持ちになる。
信頼しているお店で購入したお菓子のような。
気取っていない、でもありきたりでもない。
自信をもっておすすめしたくなる、そんな感じ。
Salyuの歌声は、曲によっていろんな色や温度に変化する。
『HALFWAY』でのSalyuの歌声は、とりわけ温かい。
旨味を何重にも含んだスープのようで、聴くたびにその丁寧さに感動する。
秋〜冬、少しずつ寒くなっていくこれからの季節によく似合う曲だと思う。
あなたの夢も あなたの声も
あなたのしぐさも 覚えてる
ずっとずっと…。でもね
あなたの心のドアの鍵を持てたら
もし持ってたなら 今でもふたりは…。なんてね、ごめんね。
あの時こうしていたら…
あの時あっちを選んでいれば…
そういう、「たられば」な後悔はきっと誰の心の中にもあるんじゃないでしょうか。
そんな、いつまでもほのかに残る苦い「後悔」をこの曲は自覚させてくれる。そして、穏やかに包み込んだ後じんわり癒してくれる。
それは蝋燭に火を灯して、そして消えるまでのような儚い癒しかもしれないけれど、痛みを自覚して受け止めることで、少し前へ進める。
歌詞には「愛」や「恋」というワードも登場するし、全体的にみてもおそらく「ラブソング」なのだと思う。
特に、叶わなかった恋や失われた関係、それに対する後悔の念。そういったものをこの曲から感じとれる。
私がこの曲の歌詞で特に胸に響くのは、二番のサビ。
いつかは きっと 大人になって
君を守れる きっと守れるなんて 思う…だけど
ホントは あの時 泣いてる君の 今 その君の未来ごと
抱きしめてれば…。できずに、ごめんね。
この歌詞が初めて目と耳に飛び込んできたとき、私が思い浮かべたのは「弟」だった。
私が高校三年生で、弟が高校一年生のとき。
親の離婚が決まって、嗚咽していた弟の背中。
その背中を抱きしめることができなかった自分。
毎日のように繰り広げられる夫婦喧嘩に辟易して、苦しんでいる母の姿を見るのがつらくて、「早く離婚してほしい」と思っていた私。
対して、おそらく「もう一度昔みたいな家族に戻る」こと諦めきれずにいた弟。
そんな弟にとって、離婚という結末はどんなに残酷だっただろう。
肩を震わせて泣いている弟を抱きしめる資格など、「早く離婚してほしい」と思っていた私にはない気がして手を伸ばせなかった。
あれからずっと、心の奥に「後悔」が巣くっていて。この曲を聴く度に、少しの痛みを伴ってよみがえった。
でもその「後悔」は数年前、弟の結婚式にて払拭された。
私が心配するまでもなく、弟は強くて優しかったのだ。
自分で選んだ自分の人生を歩もうとする弟の晴姿を見た時、私の中にあった「後悔」はもう、必要なくなった。
今でも、二番のサビの歌詞では弟のことを思い浮かべる。でも、痛みは伴わない。
私にSalyuを教えてくれた友人とは、もう会えなくなって、連絡すらもとれなくなって十年以上が経つ。
Salyuの歌声を聴くと、やっぱりどうしても思い出す。今もどこかで元気でいて、BUMPやSalyuを聴いているんだろうか。
どうかそうであってほしいなと、勝手に思っている。
そして、いつかまたお互いの人生のほんの一瞬でも交差する日が、会える日が来たなら伝えたいことがある。
どこにも居場所がないような気がしていた高校生時代の記憶を消さずに済んでいるのは、あなたがそこに居たから。
だから、出会えよかったって。「ありがとう」ってずっと思っている。
この文章を書きながら、久しぶりにSalyuの曲をいろいろ聴いて。
あぁ、やっぱり好きだなぁってしみじみ思った。
もう何度目だろう。
音楽っていいな、すごいな。
一気に「あの頃」に戻れるタイムマシンか、タイムカプセルのよう。
音楽と一緒に、大切な記憶もしまわれている。
そんなタイムカプセルみたいな音楽が、きっと誰にもあるんじゃないかと思う。
今回は、私にとっての「タイムカプセルみたいな音楽」の中からSalyuさんの『HALFWAY』をご紹介しました。
久しぶりに聴いてみようと思った方も、初めて聴くという方も、秋の夜長のひとり時間や作業のおともに、いかがでしょうか。
Salyu 「HALFWAY」
作詞:小林武史・ERIKO・Salyu
作曲:小林武史
2009年2月11日、『コルテオ〜行列〜・HALFWAY』の両A面シングルとしてトイズファクトリーよりリリース。
「コルテオ〜行列〜」はシルク・ドゥ・ソレイユの「Corteo(コルテオ)」日本公演イメージソング。
「HALFWAY」は映画「ハルフウェイ」の主題歌。
Salyuさんは「VALON-1」「彗星」「Dramatic Irony」「NAME」「プラットホーム」「iris〜しあわせの箱〜」「EXTENTION」などいい曲がたくさんあるので、もし「HALFWAY」を聴いていいなと思えたなら、他の曲も聴いてみてほしいな。
(MVも、独特でクセになるものが多いです)
百瀬七海さん(はじめまして)の、こちらの企画に参加しています。
文中に出てくる「弟」とのエピソードはこちらに
「友人」とのエピソードはこちらにも書いてあります。
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