「踏み倒し」か「ぼったくり」か~石丸ポスター訴訟を冷静に分析してみた
はじめに
昨日、石丸さんのポスター訴訟に関する判決文と、石丸さんが安芸高田市長選挙の際に市に提出したポスター・ビラに関する届出書等を公開したところ、大変大きな反響を頂きました。
このポストをする前の私のXのフォロワー数は170前後であり、普段の私のポストのImpression数がせいぜい500~1,000だったのですが、このポストをした後のフォロワー数は230程に増え、このポストのImpression数は(6月16日21:00現在)約173,100となっています。随分とバズったものだなと勝手に思っております。
また、コメント欄においては、判決文やアップした資料を読んだ上で、たくさんの方々から感想や、賛否両論それぞれの立場からたくさんのご意見をいただきました。
二次資料・三次資料に対する直情的な反応だけではなかなか辿りつくことのできない、建設的な議論が、賛否両面からなされたのではないかと思います。
あるべき商慣行からすると印刷業者がきちんと見積もりを出すべきではなかったのかとか、いや、印刷業者の立場からすると、一見すると簡単に思えるデザインの変更だって楽なものじゃないとか、工程管理には人手も手間もかかるのだから特急料金は正当化されるべきとか、私が一人で色々調べてみても、得られない知見が集積されているのではないかと思います。
本稿は、そんな、様々な方々の様々なご意見なども踏まえながら、あくまで私個人の視点からこの裁判を分析したいと思ってます。
長文ですが、最後までお目通し頂ければ幸いです。
まとめ
まず最初に、私の見解をまとめておきます。
この石丸ポスター裁判高裁判決(以下「本判決」といいます。)は、印刷業者による「ぼったくり」を認めたものでもなく、また、石丸さんが印刷費用を一方的に「踏み倒した」ものでもない。
裁判所は、石丸さんと印刷業者との間には、請負業務の内容に見合う「相当な報酬」を支払う旨の黙示の合意が成立していたと判断した。これを前提とした「相当な報酬」の額に関する具体的な判断をみると、要するに「公費負担額は考慮要素として重視すべきではなく、余程のぼったくりでない限り『印刷業者の言い値』を払うという合意があった」という判断を実質的にはしていることになるが、石丸さんは一貫して印刷業者が提示する料金に疑問を呈していることからすると、このような「黙示の合意」があったとの判断はあまりにも不合理。
結局このポスター代金を巡る争いは、石丸さんの「脇の甘さ」と印刷業者の「いい加減さ」が相俟って生じたものと評価すべきものであって、一方的にどちらかの落ち度によるものではない。
本判決の問題点
それでは、具体的に判決文を検討していきます。
上記の通り、結論から申し上げると、私は、本判決には重大な問題があると考えています。
それは、裁判所の判断によると、石丸さんと中本本店との間には、請負業務の内容に見合う「相当な報酬」を支払う合意がったとしつつ、この「『相当な報酬』を支払う義務」の具体的内容を、「余程のぼったくりではない限り、印刷業者の言い値が報酬額である」と捉えている点にあります。
どうしてこのように評価するのか、順番にその理由を述べます。
裁判所の事実認定
まず、裁判所が「当事者に争いのないもの」として認めた事実関係は以下の通りです。
以上の事実関係を前提に、裁判所は「メールのやりとりがなされるまで報酬額に関する特段の協議は行われてこなかった」こと、「7月22日に請負契約が締結されてから代金額は決まっておらず、その後も決まっていなかった」ということをはっきりと認めています。
しかしながら、同時に、裁判所は、「7月30日頃までの時点において、本件請負代金を『相当な報酬額』とする黙示的合意が成立していたもの認めるのが相当」としています。
この部分だけを見ても、私にとっては相当違和感があるのですが、人によっては、
「まあ、さすがに石丸さんだって、妹が勤務する印刷会社に、無料で印刷を依頼したって事はないだろうし、中本本店だって、当然何らかの報酬が支払われると考えていただろうから『相当な報酬額』を支払う黙示的な合意が成立していたというのは、まあ、そんなに不合理ではないかな。」
と考える方も多いかもしれません。
ところが、その後の「相当な報酬額」に対する裁判所の判断を丹念に追跡すると、とんでもない内容であることが分かります。
「相当な報酬額」についての判断
裁判所は結論として、中本本店が石原さんに対してポスター及びビラの費用として請求した「102万0800円」が相当な報酬額であると認定するのですが、その理由として挙げられているのは以下の事情です。
8月3日までの間に、石丸さんと中本本店との間にトラブルが生じていた様子はうかがわれず、中本本店が単価・数量等を水増しして相場より高い報酬を請求しようとしたとは考えられない。・・・①
4連休の日を含む極めて短期間の内に完成・納品を求められるものであったので、公費負担額を重視すべきではない。・・・②
中本本店は、訴外Dにデザインを担当させることにしたが、顔写真の大きさ・氏名の読み仮名、政策方針とプロフィールを分ける、キャッチコピーの変更など、軽易とはいえない作業を行った。・・・③
訴外Cは、休日出勤するなどして残業を余儀なくされた。・・・④
一般財団法人建設物価調査会が2022年2月に発行した「物価資料」を参照して、本件ポスターに近い条件で商業用の宣伝物等の価格を積算すると、本件見積額とは大幅な乖離はない。・・・⑤
①~⑤の理由付けそれ自体についても、大きな違和感がない方が多いかも知れません。
「まあ、確かに、数量や納品方法は予め合意しているわけだし、そもそもポスター・ビラの対価なんてある程度幅があるだろうし、特急料金やデザイン料なんてある種の『決め』のようなものだし、なんで突然『建設物価調査会』が出てくるのか分からないけど、まあ、商業用宣伝物の価格を参照したならそれほど変な判決ではないかな。」
と思うかも知れません。
しかし、これらの事情(特に作業内容に関する③④⑤)はいずれも、請負契約が締結された(と裁判所が認定した)7月22日の時点においては、全く存在していなかった事情でであり、あくまで、事後的に「実際に発生した作業の内容に照らし、その料金がぼったくりではない」ことを検証したに過ぎません。
中本本店が石丸さんに対して、何かしらの料金表のようなものを提示したなどということは一切認定されていません。
ビラ・ポスターの「作成」を依頼した石丸さんに対して、「企画料」が必要となる旨の説明があったなどということも一切認定されていません。
「休日特急料金」がかかる旨の説明があったことも一切認定されていません。
石丸さんの妹が中本本店に勤務していたことは認定されていますが、例えば、妹さんを通じて、報酬額に関する説明や協議が行われていたといったことも一切認定されていません。
中本本店は、全ての作業が完了してから、遅ればせながら突然「見積書」を送りつけているわけです。これはもはや見積もりではなく、「請求書」ですよね。
要するに、裁判所は、「事前に報酬額に関する明示的な合意はなかった」と一方で認定しておきながら、実質的には「ぼったくりではない限度において、印刷会社の言い値を報酬額とする合意があった」という判断をしているわけです。
重要なことなので繰り返します。裁判所は「相当な報酬額」という、わかったようなわからないような言葉を用いつつ、その内実として「ぼったくりではない限度において印刷会社の言い値を報酬額とする合意があった」と判断しています。
ひるがえって、石丸さんはそんな合意、していたのでしょうか?
2021年3月24日に安芸高田市に提出された、石丸さんと中本本店との間の確認書を見ますと、石丸さんが一貫して代金について納得していないこと、及び、中本本店もこのことについて認めていることが分かります。
石丸さんは、「余程のぼったくりでなければ言い値で払う」なんてことは、発注時点から、言ってもいないし、考えてもいないし、実際、石丸さんは、一貫して、この代金額が高すぎると主張し続けており、このことは客観的に存在する証拠とも整合していることは明らかです。
契約というのはあくまでも当事者の合意です。
にもかかわらず、裁判所は、実質的に「言い値で払う合意があった」と言っているわけです。
「中本本店は営利企業であるから、石丸さんが主張するような公費負担を上限にする合意などするはずがない」と言いながら、「石丸さんは、公費負担を上限にする合意だったと主張しているが、実は中本本店の言い値を支払う旨を黙示的に合意していたのだ」と石丸さんに一方的に不利益な形で、不合理な認定をしています。
裁判所は、客観的な事情から合理的に当事者の主観的な認識を推認しなければならないにもかかわらず、明らかに客観的な事情に反する認定を行っています。
見積金額は「石丸さんが確認すべき」だったのか「中本本店が明示すべき」だったのか
ところで、見積もり金額を明示するべきであったのは、中本本店だったのでしょうか。あるいは、石丸さんが見積もりを取得すべきであったのでしょうか。
この点に関して、ネット上は荒れています。
「京大出て三菱UFJ銀行出てるんだから、見積もり額を確認しなかった石丸が悪い」
という論調も根強くあります。
しかし、少し冷静になりましょう。
消費者契約法にこんな規定があります。
あくまで努力義務ではありますが(つまり、これに違反したからといって、消費者が事業者に対して損害賠償したり、行政機関が事業者に対して何らかの措置を講じる事ができるわけではないのですが)、法律は、事業者が消費者に対して、契約条件を予め明示し、必要な説明を行うことを要求しています。
消費者契約法上、「事業者」とは、法人その他の団体及び事業性個人(事業のために契約の当事者となる場合の個人)をいうものとされ、「消費者」は、個人(事業性個人を除く)とされています。
中本本店は「事業者」であり、石丸さんは「消費者」ですから、中本本店は請負契約を締結するにあたって、石丸さんに金額を含めた契約条件を明示すべきであったにもかかわらず、中本本店は明確にこれを怠っているわけです。これは感情論ではありません。商慣行に照らした経験論ではありません。法律論です。
そうであるにもかかわらず、中本本店は、全ての作業が完成した後になって初めて、石丸さんに対して、しれっと「見積書」を送りつけています。
そして、あろうことか裁判所がこの中本本店の行為を追認するような判断を示しています。
裁判所がこんなていたらくで、私たち消費者は、安心して事業者と契約を締結することができるのでしょうか。
Xのポストのコメント欄に、「商売をやる人間として見積金額を事前に明示しないで仕事を受けるなんてありえない」というご意見がありましたが、私もそう思います。
私も、仕事上、専門業者に外部委託をする機会が多いのですが、事前に送ってこないにもかかわらず、「企画料」だの「休日料金」だのが乗っかった「見積書」を事後的に送ってきたら、当然料金の交渉はします(最低限、企画料と休日料金の減額・削除は要求します)し、こういった業者には、二度と仕事を頼みません。
もちろん、会社の担当者として、事前に見積もりを取らず、結果的に外部業者に対して高額な支払いをしなければならなくなった場合、会社から「そんないい加減な仕事ではダメだ!」と怒られるでしょう。ただ、それは、「事業者vs事業者」の関係だからですよね。
これがぼったくりであったとまでは思わない(裁判所が認定する通り、発生した作業に比して、暴利をむさぼるような金額が請求されているわけではない)のですが、こんな出鱈目がまかり通る社会、私は嫌です。
裁判所には、もう一度事実関係を見直し、事業者と消費者が本来果たすべき義務を正しく考慮した上で、正しい判断を出して欲しいと思います(現実的に、最高裁が高裁判断を覆す可能性は低いと思いますが。。。)。
そして、もし、最高裁がこの本判決を破棄差戻し(高裁は、もう一度重要な事実関係について審理しなおすべきだと思います。)しなようであれば、私は、現時点における最高裁判事の全員に対し、国民審査において「×」をつけようと思います。
重要なことなのでもう一度言います。
「個人vs事業者」の場合、事業者は消費者に対して事前に契約条件を明示しなければならないわけです。これは、感情論や個人的な経験論ではなく、法律論です。
見積もりを事前に明示しなければならなかったのは、中本本店です。
最後に
最後までお読みいただいた方、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
個人的には、できるだけ主観を排して客観的に論評したつもりですが、見落としもあるかもしれませんし、石丸さんに肩入れするあまり判決を曲解している可能性もあります。
私の思考過程は、上記の通りですので、ご意見などがあれば、お寄せください。また、ご質問があれば、可能な限り答えていこうと思っています。
NanaP Oda
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