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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  4話「老人と少年」(5)


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4話「老人と少年」(5)


 森でリコルルがかかった罠の付近を探すと、ボーカイの木はすぐに何本も見つかった。葉をたくさんむしって住み処に戻り、地面に広げて乾燥させる。

 その後、解体していたミニボアのうち、今夜食べる分以外は塩をまぶして、燻製や干し肉の制作ゾーンへと持っていって処理をする。なかなか大変な作業だ。その後、しばし鍛錬し、夕餉の時間。すぐに日が暮れる。脂身が甘いミニボアの肉は、ここに来てから一番のご馳走だ。

「…なんだか、1日があっという間だな…」

 ゴナンは焚き火に照らされ脂が光るミニボアの肉を見ながら、そう呟く。でも、やるべきことが分かったから、心は軽い。もし巨大鳥が戻ってきたらまた背に乗ればいいし、戻ってこなくてもボーカイの狼煙を上げ続けることで、皆を待てばいい。きっと、リカルドや皆が見つけてくれる。そして、ここで生きていくためにやることがたくさんある、そのことがゴナンの心を前向きに救い上げてくれる。

 が、ゴナンは膝をさすった。ここ数日、体の節々が痛いのだ。狩りや鍛錬の障りになるほどでは無いが、ずっと疼くような痛みが続いている。熱を出したときの節々の痛みに近い。

「…ここは『街の空気』なんて、ないのに…。場所が変わるだけでもダメなのかな…」

 またあの高熱を出して動けなくなってしまったら、ここで生きていけないかもしれない。自分の体の弱さに腹が立つゴナン。とにかく、体を清潔にしてゆっくり休めることに努める。

 小屋の寝床につくと、ゴナンは、汚さないようにと袋に入れていた上衣を取り出す。そして、ミリアが手縫いで直した箇所の縫い目に触れる。とんでもなく大量の糸を使って裂け目を繕った縫い目は、糸でぼっこりと盛り上がっている。この縫い目や刺繍に触れることで、ゴナンは何とか仲間達との繋がりを思い出している。火も消し、何も見えない闇夜だが、丈夫すぎることが幸いして、この縫い目は指先でしっかりと感じられるのだ。

(…ミリアの手のしびれは治ったかな…。誰かが代わりに、さすってあげていればいいけど…)

 そうやって仲間達のことを思いながら、ゴナンはウトウトと眠りに入っていった。


*  *  *


 翌朝から、ゴナンはボーカイの葉を燃やして狼煙のような煙を上げ始めた。常時燃やすと葉がとてつもなく大量に必要になるので、午前中に3回、午後に3回と決めた。

 そうして、鍛錬や狩り、野草採集、小屋の改良や、食べ物を保管する場所を作ったり、と、毎日を生きていくために行うことは多い。そして時折、老人の元を訪ねては、獲りすぎた獲物や干し肉、燻製肉などを届けていた。

「…おい、お前は煙の精か?」

 ゴナンが器をもらってから1週間ほど経ったある日、ろくろから顔を上げた老人が、厨房にいるゴナンに尋ねた。未だ巨大鳥が戻る様子はなく、例によって肉を届けに来ていたのだ。幸いゴナンは発熱はしておらず、節々の痛みも日によって波がある。

「…あの煙はなんだ?」

「…あれは…、仲間への、合図です…。俺がここにいるっていう…」

「仲間? 巨大鳥の仲間か?」

「違います…。だから、俺は、俺の故郷は、巨大鳥のせいで、干ばつになって、妹も…」

 ゴナンはそこまで口にしてうつむく。が、すぐに顔を上げて、老人の脇へと行き尋ねた。

「…あの…。おじいさんは、奥さんと、息子さんの仇って、言ってたのは…」

「……」

 その質問に老人は苛ついた表情を見せる。また怒鳴られるとゴナンは身構えたが、大きな声は発せられなかった。代わりに、喉元から押しつぶしたような声を出す老人。

「…俺が最初に巨大鳥を見たのは、60年前だ。その直後に妻が病気で死んだ。息子を産んだばかりだったんだ。次に見たのは30年前。その時は、その息子が狩りの途中で獣に襲われて死んだ。鳥を見たのはどっちもあの泉のほとりだ」

「…!」

 老人はゴナンに背を向けているから、どういう表情をしているのかが分からない。ゴナンは相づちも打てず、そのまま話を聞く。

「2回とも、俺も鳥を見たのに、俺には何も起こらない。ただ、気付いたんだ、俺にとっての不幸は、あの2人が死んで自分が取り残されることだってことに。ただでは終わらせねえ。俺が仇を討って、俺を生き残らせたことを、あの鳥に後悔させてやるのだ…」

「……」

 そのまま、老人は黙り込む。しかし全身から情念のようなものが湧き出ているように見える。ゴナンはその姿に怯えつつも、老人の思いを否定することはできなかった。自分だって、あの巨大鳥が仇だと思えれば、ずっと心は救われるに違いないのだ。

「…だから、巨大鳥が来たら、必ず俺に知らせに来いよ! 鳥の番人!」

「……」

 しかし、老人の指示にゴナンは頷けない。その様子を苦々しく見遣って、老人は手元の作業を続ける。ろくろで形を整えた椀のような器に、何かの塗料を塗っているようだ。と、ゴナンはその塗料の脇にある粉末に見覚えがあり、老人に尋ねる。

「…この、塗ってるのは…?」

「ああ? ビクリ石の粉を溶いたやつだよ。熱が加わると紅い色になる。俺はこれを赤くしたいんだ、知りたがり坊」

「…ビクリ石…」

 やっぱり、とゴナンは納得する。赤い煙を発する狼煙に入れていた粉末だ。ゴナンは老人にすがりつくように尋ねる。

「…あ、あの…!」

「…危ねえ! 急に大きな声を出すな! びっくり箱小僧!」

 老人は思わず手元の作品を取り落としそうになって、また叫ぶが、ゴナンは気にせず続ける。

「その、ビクリ石の粉…、分けていただけませんか…? あ、あの…、もっと燻製肉、作ってくるので…」

「……」

 訴えるように懇願するゴナンを、老人はギロリと睨む。そして無言のまま、家の奥に消えた。しかしすぐに戻ってくる。手には大きなツルハシ。

「…うわっ…! ご、ごめんなさい…! ワガママを言って…!」

 攻撃されると思い、腕で防御しながら思わず謝るゴナン。しかし老人は、舌打ちしながらツルハシをゴナンに投げつけた。

「あ…、ぶな…っ」

 避けようとしたがツルハシは脛に辺り、痛さに身じろぎかがむゴナン。老人はその様子を見下ろし、ふん、と息を吐くと、また作業に戻る。

「……? あの……」

「察しが悪いな、鈍感小僧! ビクリ石は、そこらの岩山でいくらでも採れるんだ。勝手に掘ってきやがれ! 燻製肉はもう飽き飽きだ!」

「……!」

 ゴナンはハッとして立ち上がり、そしてツルハシを持ってペコリと頭を下げる。そして出ていこうとしたが、首を傾げた。この付近に岩山などあっただろうか? 一度、家の中に戻るゴナン。

「…あの、岩山って、どこ…」

「……」

 老人は器を手に、またブツブツと独り言を始めてしまう。もう、答えてくれなさそうだ。そこら辺、と言うからには、そんなに遠くはないのだろう。何とか自力で探すべく、ゴナンはツルハシを担いで周辺の散策へと出かけた。



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