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連載小説「オボステルラ」 番外編4「ストネの街のゴナン」(1)


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番外編4「ストネの街のゴナン」(1)


 今日もストネの街は色とりどり、鮮やかだ。

帝国へと通じる街道沿いにある宿場町。国内外の多くの旅人が行き交うこの街は活気に満ちている。飲食店や雑貨店、土産店、屋台街、そして宿屋街に飲み屋街…、とにかくお店は多く、昼と夜とで違った色合いを見せるのもこの街の魅力だ。普通の宿場町なら1泊だけして通り過ぎるだけだが、不思議とストネは数日滞在したり、旅の目的地にしたりする旅人も多い。これも、「夜」の愉しさが話題になっているからである。転じて、二日酔い覚悟で滞在しないといけなくなるからでもある。

 その立役者の1人、女装バー『フローラ』のオーナー、ナイフ。赤い髪にエメラルド色の瞳、そしてプロンズ色の肌で彫像の様な筋肉を纏う人物だ。かつては「ミラニアの戦士」の一員として体術を武器に戦う戦士だったが、今は男らしい体躯に女性の心を磨く夜の蝶となっている。

彼女がこの街に店を構えて丸7年。それ以前も女装バーはこの街にはあるにはあったが、どちらかというと派手なショーが名物のお店ばかりだった。

 『フローラ』でも歌ったり踊ったりもするにはするが(主にナイフが)、女装のキャスト達を見世物にするというよりも、ラウンジでの接客をメインにしている。腰を落ち着けて楽しみたい客に好評で、他のお店にもこのスタイルが波及していった。旅人にとっては、夜の楽しみ方の選択肢がより増えた形になったのだ。

(……そういえば、リカルドは随分、長いこと帰って来ないわね…)

 ある夜、お店の開店準備をしながら、ナイフはふと、黒髪の友人のことを思い出す。巨大鳥とその卵を追い求めて旅する学者の彼は、バーの2階にある貸部屋の一室を研究用に借りている。1年の内にこの部屋に滞在するのは1ヵ月にも満たないのにずっと借り切るなんて、贅沢この上ない。ア王国各地、さらには国外にも数カ所、同じような拠点を持っているらしい。借りたままほとんど使っていない拠点もあるのではないだろうか。そんな彼だが、ここストネには1~2ヵ月に一度は帰って来る。しかし、そういえばもう、4ヵ月以上顔を見ていない気がする。

(……まあ、何があっても野垂れ死ぬことはないから、心配はしないけど)

 リカルドとは、お店を開く前からの腐れ縁で、まあ、いろいろあった仲だ。彼が背負わされている「ユーの民」の運命のことを唯一、ナイフは聞かされているし、彼が馬車の前に飛び出すという愚行を目の当たりにしたこともある。33歳の寿命までは決して死なないリカルド。死んでもおかしくないケガを負ったあのときは、治るまで数日は苦しんでいたが、とはいえ、たった数日であった。

「…あ、ヒマワリちゃん。お店の看板の発光石、つけてきてくれる?」

 通りがかったヒマワリに声をかける。最近入ってきた若手の新人だ。女装をすると女性にしか見えない華奢な体格で、白に近い銀髪と灰青の瞳を持つ美青年である。接客もなかなかのもので、あっという間に月間売上1位を取ってしまった逸材だ。手放したくない。

「はいはーい。オマカセ」

「そのまま逃げ出しちゃダメよ。すぐお店オープンなんだからね」

「えー、そんなことしないヨ」

 釘を刺すナイフに、ヒマワリは無邪気な笑顔で応える。時折、スッと姿を消してサボっている様子なのが気がかりだ。まあ、その分、稼いでくれるから文句はないといえばないが…。ナイフがどんなに気をつけていても気配を消してしまう辺り、なかなかの強者かもしれない。

「ナイフちゃん、この酒瓶はこっちに置いておけばいい?」

 と、真っ赤なロングのウィッグと黒いドレスを身につけたロベリアがナイフに尋ねてきた。こちらもヒマワリより少し前に入った新人、といっても年齢は40代半ばだ。心も体も男性だが、女装に並々ならない情熱がある。ドレスやウィッグを山のように持ち込んできた覇気を買って採用してしまったが、接客では落ち着いた雰囲気で人生相談に乗るものだから、リピーターの指名率が高く、こちらはこちらで掘り出し者だった。

(ふふ…。なかなかいい人材が集まってきたわね…)

 キャストは10人ほどに増えたが、お客さんもリピーターがだいぶ増えてきた。旅人だけでなく、この街の住人も足しげく通ってくれる。もしかしたら『フローラ』の黄金期が来たかもしれない、とナイフはワクワクしている。

*  *  *

 この日も早くからお客さんが続いたが、10時過ぎには、さあっとけてしまった。ナイフは通りの様子を眺める。

「…今日は、もうこれでしまいかしらね。なんだか人通りも少ないわ」

「へえ、そうなの? お客さんの流れって、わかんないねー」

 ヒマワリも興味津々でついてくる。基本的に好奇心が旺盛な人物のようだ。仕事もあれこれ興味を持つ内に、早々と覚えてしまった。

「…ちょっと片付けをしたら、もう閉めちゃいましょっか。こういう日もあるわよ」

「りょうかーい」

 そう返事をして、ヒマワリは「早じまいだってー」とロベリアの元へと向かう。寮で同室だからか、随分仲良しだ。ナイフは微笑ましく見ながら、酒の空き瓶を裏に出すべく、数本抱えて裏口から出た。

 と…。

「きゃっ」

 ナイフは驚いて思わず声を上げた。店の裏の軒下に、人が倒れていたのだ。

(お客さんが酔い潰れて、こんな場所で寝ちゃってたのかしら……)

 ナイフはひとまず瓶を捨て場に置きながら今日の客の面々を思い出す。いや、今日はそんなに深酒の客はいなかったし、確かに全員、出口から帰っている…。


 倒れている人物に近づき、そっと顔を覗き込むナイフ。

「……え? 子ども?」

 この夜の街には似つかわしくない少年である。しかも、まるで骨と皮、鶏ガラのような体型だ。素肌にボロのベストを来ているから、あばら骨がくっきり浮かんでいるのが見える。

「…まさか、飢え死に…? こんな場所で…?」

 ナイフは慌てて、少年の脈を取る。しかし脈はしっかり感じられる。ひとまず、死んではいないようだ。ホッとして改めて少年の様子を観察する。随分と痩せこけているが、スウスウとなんとも気持ちよさそうに眠っているようにも見える…。

「……?」

 どういう状況か分からず首を傾げるナイフ。しかし、こんな弱々しい少年をここに放っておく訳にもいかない。ナイフは迷わず、少年の体を抱えて店の中へと連れて行った。

*  *  *

「あれ? ナイフちゃん、ゴミ捨てに行ったんだよね? なんで男の子拾ってきてるの?」

 戻ってきたナイフの姿を見て、ヒマワリが思わずツッコんだ。横でローズが、ナイフの腕の中にいる少年の顔をじっと見る。

「あらあ、痩せっぽちな子ね。折れちゃいそう」

「本当だ。どうしたの? この子、大丈夫?」

 ロベリアも心配そうに寄ってくる。

「…わかんないけど…、裏に落ちてたから、とりあえず、拾ってきたわ…」

「まあ、ほっとけないね、こんな様子じゃ…」

 他のキャスト達も寄ってきて、キャイキャイとしゃべりながら様子を窺っている。そのざわめきに、少年はハッと目を覚ました。

「…あれ……?」

「きゃあ、起きた!」

 キャスト達がまたキャッキャと騒ぐ。少年はまぶしそうにしながら周りの様子をキョロキョロと見るが、自分がナイフにお姫様抱っこをされていることに気付いて、恥ずかしそうに飛び降りた。

「…あの……、俺……?」

 寝起きでボンヤリとした様子で、キョロキョロと周りを見る少年。「カワイイ!」「一緒に遊びましょ!」などとチヤホヤとするキャスト達を押し退けて、ナイフはかがんで少年に目線を合わせて、両頬に手を当てて顔色をじっと見た。顔色はそこまで悪くはなさそうだ。が……。

「あなた、名前は?」

「……え、っと…。ゴナン、です…」

 そう、戸惑いがちに答える少年ゴナン。偽名を騙っているわけではなさそうだと、ナイフはその様子を見て見抜く。

「ゴナンくん。いろいろ聞きたいことはあるけど…、とにかく、まずはご飯を食べなさい」

「…えっ?」

「そこに座って。適当に作るから。何か食べられないものはない?」

「……いえ…。何でも、食べます…」

「それは何よりね」

 ロベリアが「さあ、こっちに座って」と優しくテーブル席に導く。その少年・ゴナンは未だ状況が飲み込めずオズオズとしながら、ちょこんと椅子に座った。そしてキョロキョロと店内を見回している。

「…? どうしたの?」

 ロベリアが不思議そうに尋ねた。ゴナンは天井をじっと見ている。

「あの…。夜なのに、すごく明るいのが、不思議で…。それに天井の明かり、火がついてるわけじゃなさそうなのに…」

「……? そりゃあ、発光石の照明だからね」

「…はっこうせき……?」

 キョトンとした表情になるゴナン。ナイフはロベリアと顔を見合わせた。

「……発光石、初めて見るの?」

 優しく尋ねるナイフにゴナンは無言で頷く。無表情に見えるが、瞳には不安の闇が色濃く漂っているようだ。

「…そう、だったらビックリするわね。この街では、光る石を灯火の代わりに使っているの。燃料も要らないし、火事の心配もないから、便利なのよ」

「……石…」

 この街、というよりもこの国、というか世界のほとんどの場所でそうなんだけどね、とナイフは胸の内でつぶやきながらも、料理の準備のためにカウンター奥のキッチンへと向かう。なんとも食べさせ甲斐のありそうな少年だ。ナイフはついつい張り切って、食材をふんだんに使って大量に料理を作ってしまった。



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