連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 5話「訪問者」(4)
5話「訪問者」(4)
朝。
「…あれっ?」
ゴナンは目を開けた。もう、辺りが明るくなっていることに驚いたのだ。目の前の薪は随分前に燃え尽きてしまっているようなのに、寒さで目を覚ますことがなかった。
(…昨晩は、そんなに寒くなかったのかな? いや、でも…)
そう考えながら体を起こそうとしたゴナンだが、何かの重みに気付く。見ると、自分の体の上にかけられているものがあった。
「…?」
ゴナンはそれに触れてみる。毛がギッシリと生えている毛皮だ。脚を抱えて丸くなったゴナンの体を包んでしまえるほどに大きい。着られるよう縫製も成されている代物だ。かなり暖かい。
(…誰かが…、かけてくれた…?)
そうだとすると、状況的にはあの老人しかありえない。この冷えた気候にそぐわない軽装備であるゴナンを心配して、夜のうちに来てくれたのだろうか? しかし、あんなにゴナンを蹴って、泉に落として、叫んで、疎んじて、なんという気まぐれだろう。
「……」
分からないが、とにかくありがたい。この毛皮があれば、夜に火を焚かなくても寒さをしのげそうだ。ひとまずこのままゆっくり体を休めることにした。と、伸ばした足にコロンと何かが当たる。
「……?」
見てみると、それは金属製の小鍋だった。これも老人が置いていったのだろうか…。この暮らしを格上げしてくれる、便利な道具になり得るが…。
「……ありがたいけど、よく分かんないな…」
今度はそう口に出すゴナン。そうして、ひとまずゆっくり身体を横たえた。
* * *
その日は1日じゅう、小屋でぐったりとしていた。夜も毛皮で体を温かくして休むことができたおかげか、翌日には倦怠感が軽くなり、少し体を動かせるようになった。まだ熱は高く節々も痛いが、少しでもできることを行うことにする。
ひとまず手をつけたのは、狼煙上げだ。2日間、上げられなかったが、巨大鳥はまだこのエリアを周遊しているに違いなく、その間に狼煙を上げておかないと、巨大鳥に追いつくであろう仲間達に気付かれなくなってしまう。
白と赤の煙を何度か上げながら、今度は昨日置かれていた小鍋に水を汲んで、焚き火にかける。少し温まったところで陶器に移し、お湯を飲んだ。ほうっと喉元から体が温まる気がする。
(…もう少し元気になったら、お茶にできる野草を採っておこう…)
久しぶりの温かな飲み物は、体に染みる気がする。そうして、力を振り絞ってコブルの木を揺らすと、何とか実が一つ落ちてきた。そういえば、なっている実もかなり減ってきている。もしかして、獲物の数も減っていくのだろうか。
(…たくさん獲って、保存食を作っておきたいな…)
いくらここが快適でも、食べるものがなくなると流石に生きて行けなくなる。ゴナンの心は焦るが、体はまだ怠い。「治りかけが危ない」といつもリカルドも言っていた。不安な気持ちを抑え込み、また狼煙を上げながら、自分が今できることを一つずつ数えていた。
* * *
と…、午後になった頃合いであった。狼煙を上げる作業をしていたら…。
「…ゴナン?」
突然、声がした。名前を呼ばれるのがあまりにも久しぶりで、「ああ、幻聴か」と思い直し、ゴナンはそのまま狼煙の煙を見つめ続ける。
「あれっ? ゴナンだよね?」
しかし、もう一度、声が聞こえた。幻聴じゃない、と今度は声の方に顔を向けるゴナン。しかし、この声は、仲間の誰のものでもない。でも、聞き覚えがある。これは…。
「…ルチカ…?」
そこには、白に近い銀髪の華奢な青年、ルチカが立っていた。空を飛んできたばかりなのか、ゴーグルをかけている。
「やっぱり、ゴナン? ええー、なんでここにいるの? なんか見覚えのある煙だなと思って降りてきたらさあ。赤と白の煙を同時に上げるのって、あなた達が巨大鳥を見つけたときにやってたよね? だから巨大鳥がいるのかなって思ってきたんだケド。ていうか、1人?」
ゴーグルをぐっと額に上げ、相変わらずの口数の多さでペラペラとしゃべりながら、森の中からゴナンの元に歩み寄るルチカ。リカルドや仲間達ではなかったことに少しガッカリしたが、それでも知った顔と会えたのが嬉しかった。
しかし、ハッと警戒する。もしかしたら攻撃されるかもしれない。剣もナイフも、小屋の方に置いてある。ルチカをじっと睨むように見たゴナンに、ルチカはふふっと笑いかけた。
「そんな怖がらなくても大丈夫デスヨ。あんた1人じゃ何もできないでしょ?」
「……」
「それに、意味なく誰彼構わず襲いかかったりしないってば。やられそうだったら、やりかえすけどね。何? やる気?」
そうファイティングポーズを取り、屈託のない笑顔を見せるルチカ。荷物をドサッと置き、ゴナンの横にヨイショと座る。例の空飛ぶ翼の機械の他にも、なにやら色々荷物があるようだ。いつもこの量を背負いながら移動しているのだろうか。
「『フローラ』の寮で同室だった仲じゃない。そんな怖がらないでよ~」
「……」
「…トイレの使い方だって、シャワーの使い方やベッドの寝方だって教えてあげた仲じゃん、デイジーちゃん」
デイジーとは、ゴナンが女装バー『フローラ』で名乗っていた源氏名だ。
「…いや、それは、ほとんど、教えてくれたの、ロベリアさんだけど…」
「そうだっけ? まあ、いいじゃん。私もちょっと休憩しよっかな。居心地いいね、ここ」
そう言ってうーんと背伸びし、そしてキョロキョロを周りを見回した。 そして少し怪訝な表情に変わる。
「…え? ここ、ゴナンの…、家? 実家? 住んでる? 小屋もあるし、これ、手作り? 居心地良さそう。なんか生活感がすごいんだケド…」
「住んでるわけじゃないけど…。でも、もう結構長く、ここにいるから…」
「なんで? リカルドさん達と旅してたんじゃなかったっけ? ケンカした? 家出? あっ、反抗期か…!」
表情をクルクルと変えながらそこまで口にして、ルチカははたと気付く。
「…えっ、待って。ていうかゴナン、なんで、ここにいるの?」
同じ質問を口にするルチカ。しかし、先ほどと意味合いは違う。
↓次の話↓
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