かつて俳優だった君へ

私の推しは俳優だった。
釣り目に見える垂れ目に堀の深い通った鼻筋、横を向けばそれはもう私の理想の横顔をしていた。
彼は本当に人が出来ていて、他人が一生懸命話していれば顔を向けて話を聞いたり、お礼を言う時なんかは誰よりも長くお辞儀をしている。
誰にでも懐こく人柄が良い。運動と片付けが少しだけ苦手だけど、料理もできて美容にも長けている、人間として出会った人全員に紹介したい人だった。

そんな私の推しは二ヶ月前、突然の報道でその身を追われることとなり、あっという間に表舞台から姿を消した。
一つの報道でこんなにもあっけなく去ってしまうものだと、驚く間も無く彼は消えた。
何度も泣いた。何日も落ち込んだ。仕事に手がつかなくなるくらいに悲しみを覚えた。何をしても心のどこかに穴が空いた状態で、集中ができていないと、自分でも感じていた。
解決してくれるのは時間だけだろうと感じていた。

推しを知ったきっかけが八年前、本格的に推しの追っかけを始めて約六年。心に余裕が出来てきた私は怒涛の日々だったと振り返る。
良いこともあったし、理不尽なこともあった。いい思い出話になれば良いなと思っているが、そんな簡単に過去にはできないのが人間である。
なんせ彼のお陰で今の私がいて、彼らのお陰で私は今の家庭を持ったとも言えるのだ、そうやすやすと忘れられる訳が無い。

振り返りの中で、既に二つの覚悟は出来ていた。
一つは、彼がもしまたこちらの世界に戻ってきたら全力で応援してあげようということ。暫くは後ろ指を指されることとなる推しを、それでも頑張って顔を出し続けてくれるのなら、それを受け入れようと思った。
一つは、表舞台から降りるのであればそれはそれで受け入れようということ。生きているという現状だけでも耳にできれば、何年経ってもいいからその報告だけ待とう。そして私は推しから卒業しよう、いい思い出だったと今世の終わりまで持ち帰ろうと思った。

そんな中、一つの記事が流れてくる。

前記で隠しているつもりはなかったが、この記事の主役こそが私のかつての推しだ。
かつて仮面ライダーの準主役を張り、そこそこ人気のボーイズエンターテインメントグループのメンバーとして活躍していた彼は、過去の万引き騒動で一瞬にしてその身を追われ、表舞台から消えることとなる。
今でも信じられないくらいにあっという間のことだった。

この記事を見つけて私は、「あぁ、心身共に元気かと言われたらそうではないだろうけど、ちゃんと土を踏みしめ立っているんだ」と実感し、安堵した。
推しが生きていた。それだけで涙が出た。本当によかった、本当に。

内容に関しては週刊誌の取材だし盛っている部分もあるだろう、五割程の真実として受け入れようと読んだ。
推しのお母様が告げた内容は、かなり酷かった。耳を疑うものばかりだった。これが真実なのか過剰表現なのかはわからない。真実だとしたらあまりにも非人道的な事務所の対応と態度に怒りで震えた。でもきっと話は盛っている、事務所に不利益な言葉を再選定して書いたんだろうなと思いながら読み進めた。

でもこの記事は信頼できるものだと、確信が持てる文章が最後にあった。

あぁ推しだ。これこそ私の推した、最高の男だと。小林豊という人物だと悟った。
彼はいつもそうだった。本当に大事なことは記事に残さない、自らの口と自らの文章でファンに伝え与えてくれる。それこそが、私が大好きで、人生の半分を分けてまでも推し続けたいと思った男そのものだと、改めて感じた。

この文章を私はずっと噛み締めている。嬉しかった。私の大好きな小林豊はそこにいるのだと。
本当は記事の閲覧数を伸ばすために、最後の一文は謝罪と感謝の気持ちを虚偽しても良かったはずだ。
でもこうして、一言も改竄せずに開示してくれたライター様に、私は感謝したい。そしてあの日、本当は卒業を発表する予定だったあの日を滅茶苦茶にした文春ではなく、PRIMEを選んでくれたお母様にも感謝したい。

もしこの記事が真実を話しているのだとしたら、私は彼の所属していた事務所を許さない。
「夢と希望を伝える」と自負していながら、次のステージに向かおうとする存在は足蹴りにするのか。
長年寄り添い、家族とも言える存在が離れていく時になって、心が狂ってしまうくらいに追い詰めるのはいじめと何ら変わりない。
保育園、幼稚園の子供の手本となる番組を担ったり、いじめ撲滅のキャンペーンに所属タレントを参加させていた身として、恥ずかしくないのかと。
ここの事務所に一銭でも貢いだあの頃を本当に取り戻したいくらい、なんなら返金して欲しいくらいに私は怒り狂っている。
許さない。こんなにも優しくファンに寄り添ってくれた推しを、退所した後も縛り付けるような行為をして、本当に許さない。

小林豊さんへ

貴方のしたことは到底許されたことではありません。
ファンや事務所への裏切り、貴方を見て夢を追い続けたいと思った人々、そして一人の人間として、生涯許されない過ちを犯しました。
私も一ファンとして、信用していた身として裏切られ、悔しくも悲しく、また怒りも強いです。
私は貴方を許しません。六年間応援し続けた私は、この事件を起こしたかつて俳優だった貴方を一生許さないでしょう。

同時に、貴方がこの過ちを生涯かけて謝りたいというのであれば、どうぞ沢山謝ってください。私は貴方が謝る度に「いいよ」と応えます。
貴方が心ゆくまで私たちに謝ってください。私はそれを全て受け入れ、何度でも許します。
沢山謝ってください。そして、もう頑張らないでください。貴方は芸能界にいた十数年余り、自分を壊してまでも頑張ったのだから。
私たちに夢を見せてくれた貴方を、今度は私が貴方に夢を見させてあげたいです。
パティシエ修行が終わったら、ぜひお店を開いてください。私はそのお店が世界中に知れ渡るまで、足繁く通います。
小林豊はすごいんだぞと、俳優もできるしお菓子のお店だって作っちゃうんだぞと。世界中に発信して、貴方をビッグな男にしてみせます。

同時に私も、生涯をかけて罪を背負います。「私は犯罪者を推している」と、胸を張って言い続けます。
いずれこの肩書きは風化して「元俳優だったパティシエを推している」に変わるでしょう。その日が来るまで、私の推しは犯罪者です。
時間が解決してくれる事柄は沢山あります。これからはスピードを落として、長い人生を満喫してください。
貴方はまだ三十代の始まりにいます。第二の人生はまだまだ長いです。どうか穏やかな道のりを歩んでください。
お腹を空かせて、待っています。

一ファンより

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