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すみれの涙

#遊び詩の物語

男の庭にスミレが花をつけました。
小さな小さなスミレです。

たいそう時間をかけて身繕いをしています。
お日さまは毎日、やさしい光を投げかけ
たまに柔らかい雨を降らせました。

男は仕事に出かけました。そして、綺麗な瀬戸物の花瓶に生けられた、たいそう美しい薔薇を“見せられました”。男は、たちこめる甘い香りにすっかり魅せられました。

家に帰った男は、スミレに向かって言いました。
「薔薇という花は、たいそう美しい。香りも良い。花というものは、あのようでなければならぬ。」

スミレは薔薇を見たことがありません。精一杯、自分らしく身繕いを続けます。お日さまは相変わらずサンサンと、雨はキラキラ注ぎます。

とうとう、準備万端整い、朝が来ました。うす紫の花びらが少し、覗いたその朝。男はスミレに気付かず仕事へ出かけました。

その次の日も。スミレはそうっと花びらを開きましたが、男はすっと通り抜け、仕事へ出かけました。

すっかり花弁が開いた朝。男が通りかかった時。スミレは恥ずかしげに少し、咲(わら)いました。男はようやくスミレに気付きました。
「やぁ、やっと咲いた。しかしなんとも地味な花だな。しかも陰気に俯いててよく見えない。」
と、花を乱暴に持ち上げました。花の茎がしなり、クシュと潰れました。男は構わず仕事へ出かけました。

仕事場の薔薇は、少ししおれたので、枯れて散らかる前に、片付けられていました。ほんの数日、飾られた花は、有名な花園で手塩にかけ育てられやっと咲いた中の一輪、たいそう高価な薔薇だったそうです。

男が家に帰ると、傷んだスミレは、しぼんでいました。
「なんだつまらん。高価な薔薇より先に枯れるとは。」

スミレは恥入り、もう、咲わなくなりました。



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