「ロード・オブ・カオス」を見てみたという話
「ロード・オブ・カオス」はブラックメタル黎明期である90年代初頭にノルウェーで実際に起こった「インナーサークル事件」を元にした映画である。
本作は18年に制作されたものの日本では公開されていなかった。
メタラーな私は「日本では上映しないのか?」と不安になったのだが、21年に日本でも公開が決まったので「これはぜひ見ねば!」ということで公開初日に見に行ったというわけである。
本作の元ネタである 「インナーサークル事件」はブラックメタルが好きか嫌いかに関わらずともメタラーであるなら基本教養ともいえる事件であるが、メタルという音楽のことを全く知らない人にしたら「そもそもブラックメタルって何?」なので、ざっくり説明すると「コープスペイントと呼ばれる独特の白塗りメイクをし、激しい演奏をバックに金切り声のようなシャウトで歌い上げるメタルの中でも最も過激なジャンル」である。
さらにブラックメタルを特徴付ける要素に「悪魔主義」がある。これこそがまさにインナーサークル事件を陰惨たらしめることとなるわけである。
監督のジョナス・アカーランドはマドンナやメタリカといったアーティストのMVを撮っており、また「スパン」等の長編映画も撮っているのであるが、元は「バソリー」というブラックメタルのパイオニアと呼べるバンドのドラマーだったという異色の経歴を持っている。
バソリーはインナーサークル事件とは関わりがないのだが、監督は関係者であるデッドとは付き合いがあったようで、デッド役にジャック・キルマーを起用したのは「デッドにそっくりだったから」だそうだ。
https://mag.digle.tokyo/interview/topics/118579?articleview=true
ロード・オブ・カオスは「ブラックメタルの血塗られた歴史 」が原作となっているが、映画製作の話が出た際に監督候補として園子温の名が上がっていたようで、映画化にあたりこの本の権利を得ていたそうだ。
恥ずかしながら私は映画を積極的に見るタイプではないので園子温は名前しか知らないのであるが、本作に関しては当時の空気感を知っていてブラックメタルの内情というかシーンそのものに身を置いていたジョナス・アカーランドの方が相応しいのではないか思ったので、ファンの方には申し訳ないが話が流れてよかったと思ってしまった。
ストーリーは、1987年のノルウェーのオスロで「メイヘム」のギタリストのユーロニモスがヴォーカルのデッドと共に活動していたが、ある日デッドが散弾銃で自らの命を絶った。発見者となったユーロニモスが遺体の写真を撮り、その頭蓋骨からアクセサリーを作って友人らに配るなどして喧伝する。
その後でレコードショップ「ヘルヴェデ」をオープンし、そこにたむろしていたブラックメタルのメンバーで「インナーサークル」という集団ができる。
ある日インナーサークルのメンバーであるヴァーグが教会放火をした事を皮切りに事態がとんでもない方向に進んでいく…。
私は先に挙げた「ブラックメタルの血塗られた歴史」を読んだことがあるので当然結末は知っているのだが、それでも本作を見た時は呆然としてしまった。
もちろん多少の脚色はあるのだろうが、教会が放火され、また3人の死者が出たというのは「事実」であり、先にも述べたがその異常なことが「事実」であることが本作の魅力となっていると言わざるを得ないであろう。
作中の出来事に対する異常性ばかり焦点を当てたが、本作は異常性だけが魅力なのではない。
まずデッドの死について。
自死に至る前にユーロニモスと森に行って2人でやり取りするシーンがあるのだが、その時点で既に死を匂わせている。森に行く前にデッドは部屋で寝そべっているのだが、その姿はうつ病を思わせる。(実際「ブラックメタルの血塗られた歴史」を見てみるとうつ病だったんじゃないかと思われる描写がされている。)
森でのシーンも不穏な空気を漂わせているが無邪気に猫を追いかけていたりもするので、その無邪気さがやるせなさをより際立たせている。(もっとも猫を追いかけているのはその猫を殺すためなので、それを「無邪気」と表現するのは如何なものかと思うが。)
尚デッドの死は序盤も序盤であるためか、いざそのシーンになったと思ったらやけにあっさりしてるなと感じたものだ。とはいえそのシーンに至るまでに生々しい自傷シーンがあったり頭が吹っ飛んでいる様が出てきたりと作中でもっとも痛々しいところであるような気がするが。
次に事件の元となったヴァーグとの確執。
ユーロニモスとヴァーグは知り合った当初は仲良くやっていたのだが、次第に対抗意識を燃やすようになり、挙句ヴァーグに至っては教会を燃やすようになってしまう。そこからインナーサークルは先鋭化し取り返しのつかないことになってしまうのだが、そもそものインナーサークルは「誰が1番邪悪か」を競い合うような集団であったため、実のところ先鋭化は不回避だったのではないだろうか。
というのもユーロニモスがメイヘムを結成したのだって「真のブラックメタル」を追求するためだったわけで、「ところで真のブラックメタルとはなんぞや」という話になると「悪魔主義」は避けて通れないわけなので、ストイックに「真のブラックメタル」を追求していったら悪事に手を染めてもおかしくはないというわけである。
とは言ってみたが、結局のところインナーサークルでの主導権争いでしかないのだろうが。私としては「しょうもないイキリオタクの末路だな」と思ってしまったし。
どっちにせよ今となっては彼らが本気で悪魔主義に傾倒してたのか、それともはったりかなんて知りようがないのであれこれ言ってもどうしようもない。
私なんかは「イキリオタクの末路」なんて言ったけども「ここまでおかしなことになったのも悪魔の仕業なのでは?」と思ったりもするのだ。
事がエスカレートして歯止めが効かなくなってくわけだが、それと同時にユーロニモスの葛藤が描かれている。デッドが自死した際に写真を撮るわ頭蓋骨をアクセサリーにして友人に配るわなんてことをやっていかにも悪のカリスマ気取りだったユーロニモスであったが、放火どころかさらに凶悪な事件まで発生してしまったので流石にそれはやりすぎだと感じたのか、どうにかしてやり過ごす方向に行くところが人間くさいといえば人間くさい。
そしてその人間くささが悲劇的なラストに、より悲壮感を加えることとなるのである。
ロードオブカオスは内容が内容ということもあり当然賛否両論出てくるわけだが、中にはユーロニモスが「人間的に描かれている」ことに嫌悪感を抱いたものもいたそうだ。
監督いわく「彼らはモンスターではなく、ごく普通の若者たちだったことがわかってきた。」なので、むしろ人間的に描くのは意図的なのだろう。
そもそもユーロニモスの心境など今となっては知りようがないのだ。
https://ave-cornerprinting.com/lords-of-chaos-03272021/
インナーサークル事件はメタルどころかロック史という括りにしてもかなりショッキングな事件であるため、ややもすると面白おかしく描かれたり、逆に妙に同情的に描かれたりしそうという懸念もあるが、監督はあくまでも彼らを「ごく普通の若者たち」に描いているので、英雄視せずまた変に湿っぽくなったりせずあくまで公平に描いているのでそこも大変良いと思ったものだ。
最後、ユーロニモスが観客をポーザー呼ばわりし煽るようなモノローグで締められるのだが、確かに観客の中には―私がそうなのだが―「何者にもなれなかったポーザー」が少なくないだろう。
この煽り(?)のおかげもあってか陰惨な描写が多い本作において不思議と後味が悪くない。むしろ元気になったぐらいなので、最近くさくさするなと感じたら荒療治としてこの映画を見るのもありではないだろうか。R18+指定通りの陰惨な描写があるという問題があるが。
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