もう男とか女とか、やめようよ
人間が好きだ。
そばにいて、ふと相手の人となりや、考えていることが垣間見えた瞬間は、その人の生き様に触れたような心地になる。相手の体温がじんわりと伝わってくる。
他者とかけがえのない存在として交わることを心がけてから、人と関わるのが本当に楽しい。心臓の数だけ自我があるのだと思うと、不思議な、けれども温かい気持ちになる。
人間に対する興味は底を尽きないし、それは異性に対しても同じだ。でも実際、異性にはどうにも近寄りがたい。人間として興味があるのに、恋愛的な興味にすり替えられてしまうことが怖い。すり替える主体は、相手自身のこともあれば、周囲のこともある。
例えば、人としてめちゃめちゃ話を聞きたい男性がいる。なんでもやっていてすごい。取り乱さない。言葉選びが好き。定期的に内省をしている。弱音を吐いているのをみたことがない。基本的に笑わない。
でも彼は、元彼の親友だ。
ただそれだけの理由で、私は彼に話を聞くことができない。彼が普段何を考えているのか、知りたいのに。本当は人間臭い一面もあるんじゃないか、何かに取り憑かれているんじゃないか、なんて妄想だけが一人歩きをする。今のままじゃ体温なんて1℃も伝わってこない。
「人間としてすごく興味があるんです」と言ってくる女は、多分恐怖だ。でもそうとしか伝えられない。「体温を分けてください」とかの方が、きっとあらぬ方向に誤解されてしまう。
同性なら話が早い。ど直球に「〇〇ちゃんのこともっと知りたい!」と言って、サクッとご飯にありつける。拒絶された経験は(ありがたいことに)一度もないし、案外相手も喜んでくれたりする。
なのにどうして。
異性になった途端に、こんなにも難しくなってしまうんだろう。
周囲の目なんて気にしなくていいじゃない、と思うときもあるけれど、周囲の目に晒されるのは私だけじゃない。相手も含めて、関係性が勝手にジャッジされてしまう。そうすれば相手に迷惑がかかる。
相手が「狙われている」と誤解してしまった場合は尚更だ。結局のところ、私の知りたい相手自身に迷惑をかけてしまうリスクが大きすぎて、距離を縮めることができない。
かといって私も、男女のペアを見ると勝手にカップルだと思ってしまうしなぁ。もうこれは人間の本能的な判断として、避けて通れない部分なのかもしれませんね。あなわびし。
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