スマイルは0円ではない

何をいまさら。。。と作り笑顔を作り過ぎて疲れてしまっている人は思うだろう。

発端は隣の席の同僚が別の部署の社員について「あの人いつも笑顔ですよね。いいな、僕もああいう風になりたいです。割とすぐムッとしてしまうほうなので」と言った。

ん?そうか、あなたは私に比べたら5分の1?いや10分の1くらいムッとする回数の少ない温厚な人だと思うが?他人の自己認識というのはよくわからないものである。

現に去年私がやらされて、そのあまりの無駄さに先輩に噛みつきまくった仕事を黙々とやっていたではないか、それもみんながお盆休みの頃に。

でもまあ、確かに彼も笑顔で引き受けたていたわけではない。

「僕も本当はこの仕事、無駄だと思っています」と先輩が不在の時に私にボソっと言った事がある。

やり方を変えれば手間を7割以上減らしてもっと質の高い内容に変えることができるのだが、慣例に縛られて変更できないのだ。

『結局引き受けてやってあげるのであれば、最初から文句を言ったり嫌な顔をせずに「ハイッ」と笑顔で引き受けてあげたほうが、頼んだ方も気持ちが良い』

私は亡くなった母によくそう言われていた。

同じような事を先輩社員から言われた事もあるし、逆に「そうは言っても本当に不本意な仕事を押し付けられた場合は、喜んでやっているわけではないということを相手に伝えないと同じ事を何度もされたり、別の人からもやられるのではないか」と反論している先輩もいた。

隣の席の同僚がいいと言った「いつも笑顔の人」は確かにかわいくて感じの良い人である。

よく「作り笑顔の人はすぐにわかる。口が笑っていても目が笑っていない」と言う人がいるが本当だろうか?

私は作り笑顔で目も笑う演技ができるぞ?と思う。むしろ普段は聞き流す上司のダジャレが不意打ちで珍しくツボにはまった時の方が野口さんのようなあやしい笑いしかできないのだが。

いや、私の事はどうでもよくて彼女も確かに目も笑っている。
黒目がちな目がもっと黒目が大きく見えてとてもかわいい。
あと、話す時も笑いながら楽しそうな声で話す。

水道代の伝票を持ってきたときに。

何が言いたいのかというとアンバランスなのだ。会話の内容と表情が。

「推しにファンレターを持ってきた」とまではいかないまでも、「好感を持っている先生にクラスのみんなの提出物を集めて持ってきました」ぐらいのテンションだ。

いや、知らんけど。両方ともやった事がないので。

こういった事は個人差があるので、彼女は初期設定がテンション高い目なのかもしれない。

他にもこういう人が何人かいる。
別に面白い事があったわけではないのに、休日にディズニーランドに行って来た話をしているような話し方をする人。

もう一種類、別に面白い話をしているわけではないのに笑顔で笑いながら話かけてくる人がいる。

イレギュラーな仕事や本来自分がやるべき雑用を押し付けてくる人、ミスの尻拭いをさせようとする人。要は無茶振りしてくる人たちだ。

後者は強い態度で断ると、別の人のところに行く。概ね前者のところに。

そして前者はある日いきなり自己都合で退職する。


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少し前に社内の企画で「何でも表彰」ということがあった。
宴会中に表彰式を行う予定とのことで、文字通り何でもいいから表彰したい人を理由を記載して表彰してほしいというアンケートが回ってきた。
「いつも笑顔が素敵で元気をもらっています」という例が載っていた。

「固く考えなくてもいい」「お楽しみ企画だから」と委員の人から言われたが、私を含む何人かが「(表彰式の詳細がわかっていない以上)うかつに発言するとセクハラになるのでは?」と思って、委員の人たちには申し訳ないが棄権した。

宴会の中で表彰式があったが後日、宴会中に表彰された人も含め、何等かの票が入った人全員の名前と表彰理由が社内に貼りだされた。

予想していた事だが、表彰理由やコメントの類は編集されていない。

表彰なので、当然褒め言葉だし、なるべく多くの人を褒めてモチベーションをアップしたり、雰囲気を良くしたい。編集しない生の声を。。という委員の人たちの心意気は理解する。

表彰された人は悪くないのは当然のこととして、きちんとアンケートに回答し、表彰理由のコメントを書いてくれた人たちも悪くない(むしろ、コメント内容にはけっこうな割合で対象者への尊敬の要素が含まれている)。全員分をまとめて一覧表にした委員の人たちも頑張ってくれたのだなと思う。

何でもと銘打った以上何でもありの表彰だし、棄権した私はあれこれ言える立場ではないとも思う。

が、掲示された内容に「個人で思ったり、尊敬していたり、あこがれている分には問題ないが会社として表彰や共用部に掲示してしまった場合、ジェンダーロールの押し付けと受け止められる案件」が多数含まれていた。

こういうところ、私の会社は悪気はないが鈍い。ダイバーシティ&LGBT ALLYを掲げてシールまで配っておきながら、結局のところ行動に結びついていないのはわざとではなく、鈍感力によるものだと考えている。

この話は、今回のテーマではないのでまた別の機会に。

笑顔の話に戻る。

例示が笑顔だったせいか、笑顔を褒める表彰案件が多かった。

面白い事に、「笑顔」で表彰されている人の中には「笑顔で何でも引き受けてくれる人」と「笑顔で何でも頼んでくる人」の両方が入っている。
前者へのコメントは、「感じが良い」「癒される」「面倒なことも笑顔で引き受けてくれる」「いつお願いしても笑顔で対応してくれる」との意見が多数。いつ何時でも笑顔で雑用も雑用じゃないものも引き受けてくれる人は褒められて表彰されて当然だと思う。

後者へのコメントは、「元気がもらえる」「爽やか」「いつも楽しそうで場が明るくなる」という感じ。人にモノを頼む時くらいは愛想ふりまけよと思うので、「笑顔」だけに焦点を絞れば確かに爽やかで元気である。ある意味、意外ではない。

もう一人別のタイプの人がいた。

クレーム対応をメインの仕事としている人が「毎朝、明るく笑顔であいさつしてくれて元気をもらえる」として表彰されていた。確かに、この人の朝の挨拶は声に張りがあり、元気と活力があって朝の初めにふさわしい感じがする。

彼はクレーム対応業務がうまいからと中途で採用された人である。

以前、彼に「自分の失敗ではない、責任のないところで起きた事象について、謝罪するのは嫌ではないですか?嫌だという人もいますが」と聞いた事がある。

彼は確か「自分の責任ではないということが、他人にも自分自身にも明白である事柄に関して、謝罪するのは、言い方は悪いですが簡単です。ただひたすら謝るのみです。
自分が誰かを本当に傷つけてしまった場合のほうが『それは謝ってすむことなのか?』とかいろいろあって大変です。
そもそも自分はそのために雇われたわけで、誰のせいかとかはどうでもよくて、現状を回復し、お客さまの信頼を取り戻すことだけに集中して仕事すればいいのですから」と言った。


『私たちは幸せだから笑うのではない。笑うから幸せなのだ』といったのはアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームスだし、笑顔は作り笑顔でもストレスを軽減し、気持ちを明るくするという研究もある。

でもそれは自ら主体的に「明るい気持ちで過ごしたい」「ストレスを軽減したい」「元気を出したい」と思ったときにやればいいのであって、「他人から感じのいい人と思われたい」「嫌われたくない」という場合や、内心と表面の表情とがあまりに乖離している状態(例えば恋人と別れたとか、ペットが死んだとか、理不尽なお願いを何度もされるとか)が続くと疲弊してしまうのではないかと思う。

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「自然体でいいんじゃないでしょうか」私は同僚に言った。
「クソ仕事は誰かが『この仕事はクソである』と言わない限り半永久的に後輩に申し送られてしまうので」
「いや…別にクソ仕事とは言ってませんが…」
「失礼、もう少し丁寧に説明します。例の仕事は紙に手書き時代から続いている方法をそのままシステムになっても踏襲しています。
また、当初は現局の担当者が作成していた報告書なのですが、担当者が定年退職した後、現局側では作れる人がいないと言ったので仕方なく当部署で作成し現局に後から押印してもらって辻褄を合わせにいってもらっている箇所がいくつかあります。
本来ならば不具合が起きた時点でやり方を修正しておけば良かったのですが、その頃は人数も少なく事業規模も小さく誰がやったにせよ全体が見渡せる状態だったので多少の順番の入り繰りなどはあまり重要ではなかったのでしょう。
そしてそれが慣例になってしまって、何かの機会がないとなかなか変えられない状況になってしまいました。先輩がよく言う『去年できたことが今年なぜできないと言われてしまう』ということです。
で、何かの機会が何かというと『大規模なシステム改修』です。『システムを変えたので今までのやり方も見直して改善しました』と説明しやすい。
前回の大規模なシステム改修は2016年で、1年以上前から改修について打合せを重ねていました。
当時、その仕事の担当は先輩でしたがシステム改修の打合せで先輩が発言することはほとんどありませんでしたし、その仕事に関係しそうな発言は一切ありませんでした。
正直『この人、何しに来ているんだ?』と思ったことが何回もあります。
その年と翌年の2017年も先輩がその仕事をやっていました。
私は2018年に引き継ぎと称して説明されたときに、システムから出力したデータを神Excelに転記してプリントアウトし他部署に押印してもらって来るという仕事があまりに多かったので怒ったのです。
改善するチャンスはいくらでもあったのに、何一つ手を打っていなかった」

先輩は『笑顔でいつでも対応してくれる人』として表彰されていた。いい人なのだ。そして、私の会社には残念ながらいい人に付け込む人もいる。
去年さんざん文句を言ったので、今年その仕事は昨年中途採用された同僚に割り振られた。

「先輩はやさしくて仕事もできるけど、自分まで同じレベルの仕事を求められても困るんですよ」と同僚はぼやく。

確かにそれは難しい。というか、同僚は途中入社してきて8月末でちょうど1年になるところだ。非常によくやってくれていると思う。ん?この仕事の締切は9月半ばでは?

「そうですよね~、去年のファイルを見たら9月中旬の日付になっているのに、今年は8月末に出せって言われて、それでお盆も出社してやってたんです」
「それは、今年間に合ってしまったら『去年できたものがなぜ今年できない』と言われてずっと8月中に提出する事になるのでは?」
「えーっ!ずっとお盆出社ですか!?」
「今年は何でか知らないけど締切が早くなったんだよね」先輩が笑いながら言う。
「『去年9月で良かったものがなぜ今年は8月なんですか?』って聞かなかったんですか?」こちらも笑顔で聞く。
「え~無理~」と先輩は笑っている。
この調子では8月末締切が常態化するのはほぼ確定だ。

「今年はシステムの置き換えはありませんが、そこそこの規模の改修はあります。あなたは中途採用即戦力で雇われているので、前職の経験等をからめて業務の改善提案をすることが可能かと。
前例主義や慣例はすぐ変えることは難しいかもしれませんが、他社のやり方より遅れているとか、もっといいやり方があるという視点を提供しておけば、いずれ変更せざるを得ないかと思います。
何しろコンプライアンス違反とは言えませんが、今のやり方には無理や捻じれがあります。」
「そうですね」
「あと、笑いたくなければ笑わなくてもいいです。付け込んでくるこズルい人がいるので。」
「こズルいってwww」
「いや、大ワルってあんまりいないんですよ。最もいたら警察沙汰ですが。でも、自分のゴミを他人に捨てさせようとしたり、自分が忙しくて大変というわけでもないのに文房具の購入やコピーとり、コピー用紙の補充、書類作成、電話対応、ファイリングなどの雑用を他人に押し付けてくる人」
「ああ」
ここで納得されてしまうのもなんとなく悲しいが事実だ。
「もちろん、あなたに余裕があって助けてあげたければ助けてあげてくれてかまいません。いい心がけですねとすら思わなくもないです。モノによっては。

ただ、受けてあげると相手はあっという間にそれをあなたの仕事だと思い、次からはやってくれて当然という態度できます。
また、他の人に聞かれた時に『あなたにやってもらった』と言われ同様の業務の担当者にされることもあります。
そしてウチの部の仕事と思われるのもあっという間で、あなたが不在の時は他の人がやってくれると思って押し付けてきます。

こうして立派な『慣例』が出来上がります。今あなたが苦戦しているウザい仕事も、最初のきっかけは不器用な社員が『Excelって苦手で』とかなんとか言って押し付けてきた程度のことだったと推測されるのです。」

「仕事を受けるときにはきちんと考えなきゃいけないってことですね!」
「私ならまず断りますけどね」
「断るんですか!?」
「正式な業務の依頼であれば、部長、少なくともマネジャーを通じてあるはずです。そうしなければ全員の業務量を各自の技量を見ながら振り分けているマネジャーの仕事に影響が出ますから。
厳密に言うなら相手部署のマネジャーからウチのマネジャーに依頼があってウチのマネジャーから割振るべきです。
ただそこまで固い事を言わなくても…という考えがあるでしょう。でも最低限、マネジャーの承認を得るべきで、それもやってくれていないという事であれば、その程度の手間も惜しむほどの雑用を他人に押し付けようとしているという事です。断って問題になるとも思えません。」
「ああ、なるほど」
「笑顔で何でも『ハイッ』って聞いてくれる人は、ある日いきなり燃え尽きて辞めてしまいます。そうなる前に不満でも愚痴でもいいので情報共有していただけると助かります。」
「そういうの、あるんですね。自分も一年経ったのでそろそろ素を出してもいいかなぁと思っているところなんですが」
「今まではネコを被っていたと?」
「いや、ネコというよりは、なんか作っているというか。そういうのありませんか?」
「さぁ~?ただウチのメンバーはそこそこ癖のある人物には慣れていますので、多少の事では動じないかと思います」
「それは一年いてよくわかっています」
「今のメンバーは恵まれているのですよ。サラリーマンは上司によって暗黒時代になる事がありますが、全体的に当社にはまれな事象ではあります。ただ、ないとは言いかねますがね」
「やめろ!!NBとかNBとかNB思い出すから」
向かいの先輩が口をはさむ。
「やーめーてー、この間噂したら会社の前で会っちゃったんだから!」
斜め前の先輩も言う。
「まあ、そういう時代もあるわけです」
「はあ、、、」
「とにかく無理は禁物ということです」
「ですね」

中途にせよ新卒にせよ採用や教育はけっこうな費用と時間を使っていますので、ハラスメントは論外ですが、笑顔で雑用を押し付けて、かつ相手に厚かましくも笑顔で受ける事を期待し、優しく首を締めて消耗させるのもやめていただきたいと思う次第でございます。

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