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たかが茶くみされど茶くみ(中編)

さて、前篇で入社してすぐ3年間ブラック労働に従事した話を書いた。

帰社した出向元の会社では均等法の考え方やバブル崩壊後の不況の影響から(本当はこちらの方が主流?)、私の入社前には女子の一般職を廃止し、人事体系を統合していた。女子一般職の給与を下げ男子の総合職の下にくっつける形で。

人事制度改革は「職責は名前が変わるだけでスライド。仕事も原則変わりません」という説明だったため、給茶機が導入されお茶当番は廃止され、全社員の机を拭く業務は外部清掃会社に委託されるなど一部の業務はなくなったものの、女性社員は男性社員の補助業務を行うという認識は双方に残った。

だからというわけでもないだろうが、「結婚したら辞める」「妊娠したら辞める」がわりと普通だった。(強要されたわけではないが、産休・育休の制度が整っていなかったため、親と同居しているなど子供の面倒を見てくれる家族が近くに居ない限り無理だった。育休・産休の制度を作るという発想すらなかったように思う。)

一般職が廃止された後、しばらく女性は採用されなかった。経理部の女性社員が「自分の部署以外の男性社員の雑用は引き受けない」と明言したのをきっかけに、当初は各部の男性社員の雑用は各部にいる女性社員がやる雰囲気だったらしいが、元一般職の女性が退職すると補充はなく、徐々に残った女性社員は契約管理が必要な営業部に異動し女性社員がいない部署が増えていった。

営業部の女性社員も、自分の部署以外の男性社員に雑用を言われるのは「なんか違う」とは思っていたものの、他にやる人がいないので仕方がないという感じだった。

そんな状況でなぜ私は唐突に採用されたのかよくわからないのだが、一説によるとペーパーテストでぶっちぎりの好成績だったので「もったいないのでは?」と言った重役がいたからという事ならしいい。(私はマークシートのテストなら95点以下はまずとったことがない。また、男女ともに試験は受けられるが、受かるのは男子だけという会社もけっこうあったし今でもあると思う。)

しかし、採用したものの女性社員の一番下につけて雑用係にしたら即辞められてしまうのではないか、とのことで入社1週間後にイベント会社に出向させ業務内容は男性と同じにしてしまったのではないか?というのが、出向元の某部部長の推測だった。

この部長は女性社員が全くいなくなってしまった部署にいたため、新人女性社員が自分の部署に配属されるのではないか?と期待していたら、出向したので総務部長に嫌味を言ったと言っていたので、あながちただの推測というわけでもないのかもしれない。

ともかく私が出向先から帰社したことはみんなに喜んでもらえていたが、男性社員は「自分たちの雑用係が来た!(^^)!」で女性社員は「やれやれ、これで他部署の雑用係をしなくて済む(-_-;)」という感じだった。

なんだかなぁ~である。

3年間「フツーのOLとは違うやりがいがある仕事だから」「お金じゃない!みんなやりたいからやっている仕事!」と言われ安い給料(同期男性社員比。これでも世の中の女性社員の年収としてはマシな方だったのではないかと思う)でがんばって働いたが、「フツーのOLのやりがいのない仕事」「みんなやりたくてやっているわけではない仕事」と言われる安い給料(同期男性社員比。これでも世の中の女性~以下同文)の仕事をすることになったのだ。

営業部、経理部以外の複数部署の兼務がかかっていて所属がやたら長くなっていたが要は営業部、経理部を除く役員を含む残りの30人超の男性社員のお世話係だ。(それ以外にも普通に事務の仕事があるが)

仕事を教えてくれた総務部の先輩女性(もう一人の雑用係)は「イベント・広告の仕事を外でバリバリ仕事していた人には、つまらない仕事かもしれない」と言った。

「いえ、つまらないというか…」
3年間のブラック労働後では、外でバリバリ働くのがよくて内勤はつまらないというのもなんか違う気がしていた(というか、給料一緒だし、どのみち昇格しないし)。

が、なんというか、

「この会社の男性は、なんでこんなに横柄で威張っているんですか?」

3年間いたイベント・広告業界は仕事上の男女差別は少ない方だったと思う。というか男女ともに激務で女性だからといって早く帰れたり力仕事をしなくていいというわけでもないし、女性がお茶やお弁当を配っているのに男性は座ったまま見ているという事もない。みんな働いていた。

それに協力会社でもデザイン会社や派遣会社では女性が主力の会社もあるし、コンパニオン派遣会社は社長から社員まで全員女性だ。

取引先でも広報関係の担当者や管理職は女性が就いている場合も多い。女性蔑視の発言をしているようでは仕事がなくなる。

入社以来ずっとそういう環境にいたので、自分より勤続年数の長い年上の女性社員に対して「お茶」「コピー」と言ったり、汚れた作業着を机の上に置いて行ったりする男性社員がいるので、「男尊女卑が酷い」と話には聞いていたが、実際に目の当りにするとなかなかのもんだなと思った。

それに前職のブラック労働に比べたら、男性社員はコピーを取る暇もないほど忙しいようには全く見えない。むしろ契約管理や見積書、発注書、請求書の発行、経費精算、支払業務などすべて女性社員がやっているので、(一部の専門技術職を除き)「仕事あるの?」とすら思えた。

「あの『お茶』とか『コピー』ってなんなんですか?『第3会議室にお茶4つお願い』とか『これ、コピー10部お願い、ホッチキスで綴じてね』と言ったら死ぬ病気にかかっているんですか?私の方を見たら石になるんですか?」

「女性社員を差別して女性にだけ雑用を押し付けちゃいけないことになっているから」

「は?バカか」

その頃、数は少ないが「コピー15部、順番はこのまま、両面モノクロでA3はA4でいいから大きさ揃えて、左肩ホッチキス止めでできたら第2会議室に持ってきて。お茶は人数多いからいらない」というようにきちんとわかりやすい指示を出せる人がいるのはいた。

今、全員執行役員になっている。

たぶんそういうものだ。

この仕事はけっこう楽しいといえば楽しかった。野球部など運動部系の女子マネみたいなものだ。(か?)お世話係?雑用係?何であれお世話される方が重役を含む30人超に対しこちらは2人しかいないので、仕事を頼んできた相手の職責が同レベルなら仕事の優先順位を付ける自由はこちらにある。

それに重役秘書業務は、稟議書、決裁書の全てに目を通すことになる。郵便物もいったんは全て開封して中身を確認するし、スケジュール、来客対応、出張の手配もすべて行う。守秘義務があるので外に漏らすことはないが、あらゆる雑用を引き受けて、かつ全重役の秘書業務を担当している私は当時もっとも社内情報に詳しかったと思う。

まあ、だからといって特にその情報を何かに使うわけではないが、私は会社の全体像が見えていたり、他社の重役が見られるという状況が気に入っていた。社長は「取締役って取り締まられる役の事だったんだ…」と言っていたが。

稟議書、決裁書も可能な限り読んでいた。やはりと言うかなんというか、前述の「指示を出すのがうまい人」は稟議書、決裁書も簡潔でわかりやすかった。

そういうものだ。

話がだいぶ脱線している。いつもの事だが。

いきなり茶くみの話に戻す。

一般職が廃止された。「女性社員にばかりお茶くみなどの雑用を言いつけるのは禁止する」(当社規定にある文言)

なので、男性社員が編み出した技が「明後日の方向に向かって『お茶3』と言う」「1.5m以上離れたところから『お茶5』と言う」「横を向いた状態で机の上に書類を置き『コピー』と言う」だ。

バカか。はさっき言った。

先輩の女性社員たちは「お茶3」と言われたら、スケジューラーを見てその人がどの会議室をとっているか調べて持って行く。3杯ではなく5杯だったら戻ってきてもう一度出しに行く。会議室のドアを開けたら、勝手に入れ替わっていて違う人たちが入っている事もざら。もう一度席に戻ってスケジューラーを調べなおして誰と入り繰ったか確認する。両方の会議室にお茶を出す。

「コピー」と言われたら「何部お取りすればよろしいのでしょうか?」と聞き、後から「両面で良かったのに」とか「これも3ページ目と12ページ目に入れて」とか「ホッチキスじゃなくって、クリップが良かった」とか言われたら都度対応する。

私は仕事をする上で異常なまでに嫌っている事がある。

二度手間だ。

生理的嫌悪のレベルで、何かのトラウマ?親の仇?前世の呪い?とか思うのだが、ともかく「先に言ってくれたらよかったのに」という事態が物凄く嫌いだ。(その裏返しで、合理化のためならいかなる努力も惜しまないという変な癖もある。やはり前世の呪いか?)

なので、最初は先輩社員のマネをしてみたものの自分には向いていないし、30人分の雑用をこなすのはただでさえ時間が足りないので、「お茶出しやコピー取りのような庶務業務を依頼する時は、わかりやすく簡潔に説明してください」とミーティングで発言したところ、大部分の男性社員は「埴輪がしゃべった」というような顔をされた。

そら、しゃべるし、人間だもん。

実家でぼやいていたら、男尊女卑の権化のような兄が言った。

兄「男性社員は女性社員が自分たちにお茶を出すのを、喜んでやっていると思っているんだよ。」

私「はいっ?」

兄「普段オフィスで内勤やっていたら会えないような外部の若い男性やイケメンに会えて、お茶を出せるから、二度手間になったら『ラッキー』と思っているんだろうなと思う。あと、自分が若かったら、自分にお茶を出すのも『気が利く女性ですっ』って自己PRできるチャンスを与えてやっているくらいに思っていると思う。」

どこの惑星の話をしている!?と言い返そうとして、ふと気が付いた。確かに全員ではないがそういう態度(というかそう思っていると思えば納得できる態度)の男性社員はいる。目からウロコ過ぎるが、価値観が真逆の兄というのも違う視点を持ち込むという意味では役に立つのか?

それに女性社員側でもお茶出しから戻ってきたら「イケメンだった?」とか「若い人いた?」「何歳位の人?」とか聞く人がいる。(これも全員ではないのだが。返事は概ね「さ~(-_-)??」)

だとすると「女性社員たちはお茶出しを楽しんでやっているが、会社が禁止しているので遠慮がちに頼んでいるのに、ガチで怒られた」と思っているわけでそりゃ驚くだろう。

兄「お客さんにイケメンいないの?」

私「さ~(-_-)??人の顔って識別できれば事足りており、仕事で会う人にイケメンかどうかのジャッジはする必要ないと思っていた。」

兄「お客さんにイケメンがいたら、もう一回お茶出しに行きたいとか思わないの?」

私「いや、別に。面倒なだけ。どんなにイケメンでも所詮人間じゃん。精悍さでは老犬にすら勝てないし、どんな美女でもアイドルでも子猫のラブリーさには足元にも及ばんじゃん。普通」

兄「それはそうだ。」(←そこ、同意するんだwww)

母「あんた、応接に居るのが人間じゃなくってシェパードやレトリバーだったら、3匹って言われたのに本当は5匹いたとしたら、もう一回餌あげに行く?」

私「当然!喜んで!!」

母「今度からみんな犬だと思っときなさい」

私「でも、犬なら出したゴハン食べてくれるじゃん。お茶は出しても飲んでもらえないことの方が多いんだよ。」

母「え?なんで?」

私「給茶機のお茶は美味しくないんだってさ。シュールでしょ?」

                       (つづく)

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