社会人1年目のハタチの私。それはライブハウスで働いていたときのお話。
音楽系の専門学校に通っていたと言うと、きまって「すごい!音楽やってたの?楽器弾けるの?」と表舞台に立つ人のことを連想される。
私が表舞台に立つ人間ではないのは、昔から自分でもわかっていて、もちろん裏方の人間として、専門学校に入った。
裏方は、イベント企画とか、ちらしの作り方とか、集客の仕方とか、音響とか、照明とか。これらを学んで、活かせる職業は狭き門で、私の時代の就職率はよくなかった。むしろ就活をしている同級生はだれもいなかった。
アルバイト先でそのままフリーターとして働くことが珍しくなく、そのアルバイトもアパレルだったり飲食だったり、音楽とはまるで関係ないところで働いている友達ばかり。
20人いた同じクラスのなかで、たった2人しか音楽の道に進まなかった。
その2人のうちのひとり。それが私である。
私は、名古屋のライブハウスで照明という仕事で、社会人デビューをした。
専門学校のときからアルバイトをしていたライブハウスで、半年間は無給で働かせてもらっていた。平成でいうインターンみたいなやつ。昭和でいう、丁稚奉公みたいなやつ。
交通費もなし。ただ、ただ自分のスキルが上がるまで、給料はもらえなかった。こんなことは学生のうちにしかできないと思い、私はがんばって「好きなこと」を仕事にしたいという気持ちだけで、日々耐えるしかなかった。
耐えた結果、半年後にようやく給料がもらえるようになる。まだ学生だった。学生のときにもらえる10万円と、社会人になってからの10万円の価値はぜんぜんちがうことを知った。それは専門学校を卒業してからのことだ。
給料がもらえるようになって半年後、私はいよいよライブハウスのワンマンライブの照明オペレーションを任されるようになった。
ワンマンライブは大入りになると、250人入る。当日券を出して280人入る日もあった。限定で200人にすることもあった。
その200人以上のお客さんと、表舞台に立つアーティスト。アーティストの事務所の人。イベンター関係者。音響、ライブハウススタッフ。そんな人たちが同じステージを同時に見つめるわけである。
プレッシャーのなか、人は緊張しすぎると「手が震える」という経験をした。ほんとうに震えが止まらない。
しかし、時間はオンタイムから少し押して5分がすぎた。オンタイムで始まらないのもいつも通りで、ステージ側の準備ができたという合図のペンライトが光った。
客席の電気をフェードアウトしながら暗転にする。これも照明の仕事である。キャーーという歓声が黄色い。この歓声を裏切らないように、私は暗転のステージから、徐々に灯りをいれる。
21曲のセットリストとアンコールの2曲。リハーサルで通してやれた曲もあれば、音源のみの一発本番の曲もある。ボーカルがノリノリだと、定位置にいなくてボーカルトップという灯りの当てがあたらないこともある。
MCが長引くこともあれば、お客さんが倒れることもあるし、予定のないアンコール第二弾もあったりする。
このすべてを予想しながら、我々照明は灯りでステージを盛り上げなければいけない。この大役を、社会人1年目の私はこれから毎月経験することになった。
ワンマンライブ。
ワンマンライブを目標にするのは、表舞台に立つ人だけだと思っていた。でも、ちがった。それは私たち裏方の人間も、ワンマンライブが目標だったのである。
さいしょの目標は、照明のピンスポットのワンマンライブ。
1年目の私は、某有名アーティストだった人がソロになってワンマンのピンスポットをするよ。オペレーションは、仲良い1個上の先輩で、彼女はそのアーティストのことが好きだったみたい。
いつか、私も好きだったアーティストのワンマンライブを自分でオペレーションができるようになるのかな。なんて考えてると、バラードのフェードインをミスるから集中してね。
でも、そのアーティストは何年後かに覚せい剤か大麻で捕まるんだ。人生ってわからないよね。今、何やってるんだろう?
つぎの目標は、照明オペレーションでインディーズバンドのワンマンライブ。
私は、ビジュアル系のバンドのワンマンライブをするんだ。バンド名に合わせて、照明の仕込みの色を必死に考えるよ。我ながら、そこまで考えるのはすごいと思う。よくやった。誰にも言ってなくて、アーティストにもお客さんにもその色を選んだ理由なんて、伝わっていないと思う。完全な自己満。
でも、せっかく考えた仕込みや色も、そのバンドはだんだん人気が出てきて、外オペを連れてくるようになったんだ。外オペというのは、ライブハウスのスタッフが照明を担当するのではなく、アーティスト側が連れてきたフリーの照明や、地元のライブハウスで仲良い照明さんを連れてくることが多い。
私は、その外オペさんの照明があんまり好きになれなかった。
ピンスポットを担当していた私の先輩も同じことを思っていたようで、仲がそんなによくない私にたいして初めて「外オペよりあんたの照明のほうが良い」って言ってくれたんだ。普段仲良くないのにびっくりするよね。でも、ちょっとだけ嬉しいって思えたんだ。
まだまだ、社会人1年目の私にとって難関な照明修行は続く。
つぎのワンマンライブは、メジャーデビューしたばかりの二人組だった。しかもライブ当日は、私の誕生日だった。セットリスト最後の曲は、ドラマの主題歌。めちゃくちゃ緊張した誕生日は、この日が最初で最後かもしれない。
事務所の人は、とにかく明るくっていう指示だった。指示を聞いていたら、考えていた灯りではなく、ほとんどの灯体(照明)を100パーセントでつけていた。自分の考えていたことを否定されているような感じ。けどそれは、相手の意見はかならず聞かなければいけないという社会の圧を感じた瞬間でもあった。
これが大人の世界だ。
自分の意見より、相手の意見を最大限に活かす。活かしながら、私たち裏方にできることは、照明で3割増しにアーティストをかっこよく魅せることなのだ。
つぎの照明ワンマンライブは、アニメの主題歌を歌っている女性ボーカルバンド。このワンマンで、はじめてお客さんの一体感がすごくて感動するんだ。全員同じところで200人が一斉に飛ぶと、ライブハウスは揺れるんだ。
こういうワンマンライブは一度に20曲前後やることが多い。その音源をすべて聴かなければ照明オペレーションはできない。この音源を聴く時間は、家に帰ってからだったり、通勤時間だったりする。今でいうサービス残業である。
この音源も、またソフトがアーティストによってバラバラなのだ。カセットテープだったり、MDだったり、CDだったり。スタジオで録ったランスルーだったり、ライブ音源やCD音源をセットリストに組み合わせたものだったり。
というわけで、私はハードであるカセットウォークマン、MDウォークマン、CDウォークマンという三種の神器が常にカバンに入っている生活だった。
社会人になりたての私は、毎日3台のウォークマンと資料でカバンが重かった。1年目の私は、それに加えて自分の担当のバンドのビデオテープも家で観るために持ち帰っていた。それが2年経っても続いた。
社会人1年目の私へ。
2019年になると、平成がおわり令和という時代になって、ウォークマンなんか誰も持っていないんだ。みんなスマートフォンとイヤホンで音楽を聴いている。イヤホンも、BluetoothとかWi-Fiとかいろんなものでワイヤレスで聴くことができるんだ。
正直、意味わからないでしょう?
ビデオなんかなくて、DVDでもなくて、YouTubeでライブ映像が無料で観られるんだ。このアーティストのライブ照明が素晴らしいって先輩に訊いて、高いライブビデオを買わなくてもいいのだ。わざわざ照明がすごいっていうライブハウスに行かなくったって、無料で動画観ながら研究できるというわけ。
すごいよね。
そんな時代になってもさ、社会人1年目の私が名古屋の小さなライブハウスでがんばったおかげで、東京・渋谷ラママという有名ライブハウスで、照明をやることになったりするんだよ。
東京で仲良くなった友達のライブの照明をやることになるんだ。
その友達は、なんと私が働いていたライブハウスにもツアーでサポートバンドとして来ていたんだって。人はどこで繋がっているかわからないし、すれ違った瞬間は、何も感じていなくても、またどこかで会えることもある。
不思議だよね。
ラママで、8年ぶりにさわった照明卓は、どこか懐かしくて泣いてしまいそうで。
また、1年目のあの頃と同じように手が震えていた。
何年経っても緊張で人は手が震える。
震えがとまって、言われた賞賛の言葉があった。対バンのアーティストのマネージャーさんの一言。「●●(友達)の連れてきた照明すごくいいね!ぜんぜんちがう!」という言葉。
私のこだわってきた色と灯りの世界は、今でも認めてくれる人たちはいるんだよ。
社会人1年目のハタチの私。
苦手な先輩からは、挨拶しても無視されていると思う。お互いに嫌いって思っていたにちがいない。でも、2年くらい経って、実力がついてくると何気ない世間話もできるようになるよ。
私がライブハウスを離れて、野外現場の照明担当になるんだ。びっくりするでしょう?愛・地球博だよ。万博のイベントの照明をするの。
機材をぜんぶ持ち込んで、打ち合わせをして、一から仕込みをして、オペレーションもやるんだ。普段、暗い地下にいた私は、晴れている外の景色がほんとうに楽しくてしょうがなかった。
つぎはね、なんと大阪で2025年に万博やるんだって。
わくわくするよね。
ハタチの私には想像できないだろうけど、今毎日悩んでいることは、びっくりするくらい今ではどうでもよくなるんだ。苦手な先輩とか、照明がなかなか上手くならないとか、そんなの時間が解決してくれる。
その時間はあっという間にすぎていく。だから精一杯もがいて、いろんな人に相談して、自分で解決するしかないんだ。人は思ったより、自分の話を訊いてくれるし、頼ってもいいものだ。
頼られるほうが圧倒的に楽な長女の私は、「頼る」ことが苦手かもしれない。だけど、どうか周りの人に頼ることを覚えてほしい。
ぜったいに助けてくれるから。
私も頼ってきてくれた人は助けるでしょう?
だから、安心して頼ること。
それが35歳の私から、社会人1年目のハタチの私へ言ってあげたい言葉。
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追伸。ハタチの私へ。
実は、高校生のころに好きだったアーティストが自分の働いているライブハウスに来るよ。楽しみにしててほしいけど、おしえちゃうね。
しかも、喋ることもできるの。驚くくらいナチュラルに。もうファンじゃなくて、ライブハウスの人間になってしまっているようだ。
路上ライブのころから応援していたバンドも、メジャーデビューしてライブをするよ。そのライブの照明担当は、なんと私なんだ。
もしかして、夢叶ったんじゃない?
その続きのアンサーソング。