文具小説〜革カバーよさらば〜
式島凛花は革カバーの手帳の重さに辟易していた。 旅行雑誌編集者という仕事でもあり、手帳は大切なツールだ。ここにはこだわりたい。
さて、タブレット端末で手帳を集約させている仲間もいるが凛花の好みではない。端的に言って、クラシックな文具に憧れがある。筆記具はボールペンから万年筆に替えた。インクの色を選べることも楽しい。
この格好をつけたい性分が実用性を無視させてしまった。『本革ならではの経年変化を楽しめる』という謳い文句にも心惹かれた。だが、この重さはどうだ。格好はすこぶるいい。スケジュール帳だけ挟んで持って歩くなら問題はない。ただ、凛花は手帳とアイディアノートを常に持ち歩きたくて、コレを選んだのだった。
そうすると、重い。小さな鞄の中に入れると他に物が入らなくなってしまう。大き目の鞄を選ぶ方だから、と思っていたが資料や書類も入れるとなると、今度はメンズのラインナップか、旅行用のボストンバッグを常に持ち歩くことになるだろう。
(それはいくらなんでも……)
街中で常にボストンバッグをヨッコラセと担いで歩く自分の姿を想像し、凛花は自分には耐えられないと思った。凛花は身長150センチ45キロの小柄な32歳。ボストンバッグやメンズものなど似合うはずもない。
「世の中、好きなファッションをすればいいっていうけど、似合わない格好ほどいたたまれないものはない」
他人には言わないが、それが凛花の本音だった。いや、信条と言ってもいい。人は見た目で判断される、という本があるが、全くその通りだと思う。
なんのかんの言っても第一印象。中身はその後なのだ。
「パッケージの怪しいポテチを誰が欲しいと思うのか」
ポテチはポテチとして美味しそうに、トムヤムクンヌードルは辛そうに美味しそうなパッケージでなければならない。
そして更に困ったことにはノートが平らに開かず書きにくい! これは編集者としてあるまじきことではないか。格好よさのために多少の我慢だと思っていたが、この手帳にしてから1年半、そろそろ限界だ。
今日という今日は、重さと書きにくさの問題を解消できるだろう。凛花はシンプルさが売りの某有名生活用品店に来ていた。ブランド名をつけない代わりに良質でも高価にならないことをコンセプトにしている。
動画サイトで紹介されていた手帳カバーが気になったのだ。自分のスリムA5の手帳サイズに合うかもしれない。
以前には通常サイズのA5用カバーはあったがスリムサイズ用のものはなく、残念に思っていた。
店頭でこっそり、自分の手帳リフィルを件のカバーに差し込んでみる……と、ほんの少し横幅が余るが許容範囲だ。すぐに凛花は純正品の革カバーを外し、この安価な紙素材のノートカバーに替えた。スタイルにそれほどの違いはない上に軽く、しかもノートが平らに開くではないか。
「おお、物書きの本懐!」
大袈裟だが、凛花の実感だった。
革カバーよさらば。
凛花は引き出しの奥に革カバーをそっとしまい込んだ。
終わり
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