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明日の観覧車

夕方の遊園地は子供達の歓声が消え、潮風が強くなる。
これからの時間はデートに来るカップルの時間だ。
16時50分。
マスコットロボのホッパーくんがデジタル表示で教えてくれている。今日のシフトもそろそろ終わりだ。

「キヨハル、残業禁止」

ホッパーくんはこの湾岸ポリスパーク特有の強風によろけながら僕を呼び捨てにする。
スタッフ登録したときにキヨハルと入れたらそのまま呼ぶ仕様のようで、他の観覧車担当のバイトはみんな「みかりん」とか「ゆうまさん」とか呼んでもらいたいように設定している。 

「この回転が終わったら上がり」

「オツカレ、キヨハル」

 今日は来てないなあ。このところ姿を見ていないゲスト……とはいっても、観覧車に乗乗る人じゃない。月曜と火曜、この観覧車を見に来ている人だ。

 それに気付いたのは、彼女がゴンドラ内が映ったスマホの
写真を見ていたからだ。誰と一緒なのかはわからなかった。

(どうしてこんなに気になるのか)

一人でテーマパークに来たって観覧車を見ていたって、そんなことは人の自由だ。けれど気になる。だからといって他人のスマホをジロジロ覗き込むなんてキモいマネはできない。

彼女は多分、ぼくより少し年上だと思う。会社員という感じでもなく、いつもオシャレで自由業の人かなと思う。普通、会社勤めなら平日の夕方4時には会社にいるんじゃないだろうか。テーマパークのゲストは大抵が家族連れかカップルか中高生のグループだ。一人で来るなんて、取材でもなければよほどのもの好きだろう。

ぼくにとって彼女は謎の女だ。

ただぼうっと観覧車のゴンドラが回ってくる様子を見つめて、乗ろうかどうしようか迷ってから帰っていく。その横顔は迷いに満ちて、何かを諦めろと言われて落胆した子供みたいだった。

まるで5歳くらいの小さな子を見るような気持ちがする。
20歳のフリーターが生意気な感想だと思うけれど。

16時50分の回転が終わり、ゲストの家族連れを降ろしていると、いつもの場所に彼女の姿が見えた。

「はーい、またきてねー」

「おにいちゃんバイバイ!」

 ぼくはもう、家族連れを見ていなかった。
彼女の姿だけを目で追う。彼女の髪が風に煽られて夕陽に輝いて見えた。

(今だ清春。彼女に声をかけろ。いや待て、いきなり声をかけるなんて、キモいヤツと思われるんじゃないか?)

 そうだ。彼女は観覧車に乗ったことがないから、ぼくの顔だって知らない。このガラス窓に映った、誰が誰とも区別のつかないサイズのあっていない制服を着たテーマパークのアルバイトだ。

「あ、あの!」

自分の心の声を無視して、体と口が勝手に動いた。
はい?と振り向いた彼女にどう言えばいいんだろう。

「あの、いつも来られてますよね。でも、乗らない……ん、
ですか? すいません! ストーカーとかじゃないです」

 またもぼくの口は勝手に動く。

「係員さんでしょう? それより、1人で来てる変な女、て思ってたんじゃないですか?」

 クスッと彼女は笑った。

「いやいやいやいや! そそそそ、そんなこと、と、とんでもない」

 慌てて弁解しようとして吃ったぼくを、彼女が笑うことはなかった。

「ちょっと、思い出があるんです。でも来たい時に都合よく付き合ってくれる人なんていないから」

たしかに、平日の夕方に遊園地に付き合ってくれというのは難しい。学生でも難しいのに、社会人ならもっと難しそうだ。

「ここ、よく中学の同級生と来てたんだけど、その子、もう私とは会いたくないみたいで。会社での苦労話や愚痴聞いても、個人事業主のエリカにはわかんないよ、だって」

余計なことを話してしまったと、照れながらエリカさんはスカーフを巻いた。

諦めたのは、相手からの理解だろうか。
相手を理解することのほうだろうか。
東京に来てから思うのは、離れて時間が経つと友達も自分も変わるということだ。

「それじゃ、帰ります」

会釈して歩き出すエリカさんに、なんて言えばいいんだ? ぼくの口! なんとか言え!

「あの、明日、自分と観覧車に乗ってくれませんか?」

海風に負けないように、ぼくの口と肺と腹筋は力一杯叫んだ。明日が水曜日なのはわかっている。

ただ<また明日>といって手を振るのがぼくだったらいい。
そう思った。


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