越えがたい夜を越えた魔物たち〜最終章〜
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越えがたい夜を越えた魔物たち-1
越えがたい夜を越えた魔物たち-2
※この物語はフィクションであり、実在の登場人物や団体などとは関係ありません。
魔物現る
私からラインをブロックされたLは、予想を遙かに越えたしつこい嫌がらせを始めた。
ところどころ見え隠れしていた、彼の本性が炙り出された瞬間である。
それは端から見ると、ツイッター上でありがちな"一方が突然手のひらを返し、仲良く見えていたアカウントを攻撃する"パターンだ。
魔物はまず、ラインを遮断した後に異例のツイートを始めた。
と言うのも、いつも決まった時間に決まったジャンルのツイートをするのがLのアカウントなのだ。
男女が手を繋ぐ画像とともに書かれたその文章に戦慄を覚えた。
魔物の言い分は事実と嘘が混ざっているものだという認識はあった。
しかし、ここにあるのはとんでもない妄想と願望のみだ。
怒鳴られる、という部分は被害者意識の現れに他ならない。
最後の顔文字に吐き気を催し、恐る恐るフォローを外した。
すると予想通り、他者の同情を引くためのツイートがあった。
以下、私のことは急に"好きな人"などと表現され始める。
そして、その後も私のツイートはどこからかチェックされ、素早くエアリプされた。
魔物が自分の思い通りにならない者を攻撃することは当然と言えば当然であるが、エアリプが理由で私がアカウントに鍵を掛けると、さらに攻撃は加速した。
そしてついに、周囲を巻き込むという魔物にありがちな行動が始まった。
相手にダメージを与え、コントロールするため、他の人に嘘を吹聴するのだ。
わざわざ相手の情報を入れつつ”好き同士”と入れるだけでも相当なキモさだが、自分のことを”好きな人”と表現する部類の狂い方が、さらにそれに拍車をかける。
しかも、なんの躊躇いもなく親子ほど年の離れた顔も知らない既婚者のことを”好きな人”と表現する図々しさも相当なのものである。
この辺りで多少影響力を持った魔物であれば、おかしな擁護派が登場し、事実など関係なく一緒になって被害者をさらに攻撃するであろう。
だが、今回は違った。ただただ魔物のツイートを流し読みし、励ますコメントのみがそこにあった。
どれも大人が真面目に答えたような内容ではあったが、ここまで行間を読めば簡単に嘘がバレるツイートにさえ、内容の矛盾を指摘する人は一人も居なかった。
だが、それにより私は錯覚してしまう。
ほとんどの人が魔物の言葉を鵜呑みにしているのではないかと。
ただでさえツイートなんて流し読みされがちなものなのに、妄想と願望のみのツイートの真相など、普段から深く関わりのないフォロワーからしたらどうでもいいことである。コメントした本人たちも誰かを傷つける意図など微塵もないはずだ。
だが、被害者にとってその錯覚はかなりの苦痛である。
それに追い打ちをかけるように、今度は私が加害者に仕立て上げられた。
被害者が情報漏洩や情報の捏造を恐れ、加害者の言動をチェックするのはごく当たり前のことである。こういう時の魔物が言う”悪口”とは他人に知られると都合の悪い事実を指すものに他ならない。
さらにその知られたくない事実の信憑性をなくすため、その事実を知る人を誹謗中傷し、拡散して相手の信用を落とすのだ。
被害者にしてみたら、親切にしていた相手からの突然の加害が、短期間で集中的に行われるのだ。
ついには、私がアカウントに鍵を掛けたまま開けないことから訴訟を匂わせられたり、この問題とはなんら関係のないフォロワーさんへの攻撃まで始まった。
こうして、あれだけ大学でのことに腹を立て、彼が普通の社会生活を送れるように多くの時間を犠牲にした私が、あろうことか彼をいじめたことにされた。
彼を無視したり誹謗中傷し、裁判沙汰になりかけた、という内容はアカハラがあったとされるあの大学そのものであることは偶然ではないであろう。
おそらくこの辺りから、私が自分にとって都合の悪い事実をツイートすることをかなり警戒していたのだろう。似た内容のツイート連投された。
ツイッター社にこれらを報告しようと該当ツイートのURLを貼ると、たちまち携帯の画面はいっぱいになった。
まさしくホラーである。
あれだけ、こんな人には気をつけようとツイートしていたサイコパスやマキャベリストは、そっくりそのまま本人の自己紹介であったということも含めて。
魔物のその後
私は時間と労力をかけて育てていたツイッターのアカウントを閉じるところまで、精神的に追い詰められた。
たった数度、友人もなく家族からも相手にされない命の電話もつながらない、そんな孤立した若者の越えがたい夜を越えるために手を差し伸べようとした結果がこれである。
数度、そう私が気持ちよく提供したい時間はその数度だけだった。
その数度以降、ナイフを突きつけられているような感覚で彼の対応をしていた、というのは当事者意外には理解できないところであろう。だが反面、人間だった頃の彼を知っている自分・彼の置かれている環境や大学での嫌がらせに腹を立てる自分も居たし、”鬱から抜け出し本来の彼に戻ることを願う自分も居たことは事実である。
すでに自分が見て来たのが”本来の彼”であるにもかかわらず。
そういう判断の誤り、そういう匂いに魔物はひどく敏感だ。
アカウント閉鎖後も私は魔物の動向をチェックした。
決して魔物のことなど知りたくもないのに、何も起きていないことを知るまでは落ち着けない、言わば”呪い”である。
魔物は何事もなかったかのように、相変わらずサイコパスやマキャベリストに注意するよう、呼びかけている。
私に攻撃をしている最中に、彼は拡散用のサブアカウントで、500人ほどフォローし、300人ほどフォロワーを増やした。
もちろん、そのアカウントでも私に対する誹謗中傷はあったので、それを拡散する意図があったに違いない。
それでも、人は瀕死のスライムのツイートに一定の利害関係でもない以上反応しない。3000人以上フォロワーがいる拡散用アカウントですら、彼のツイートに対するコメントはほぼしない。
それでも次なるターゲットを探そうと、いかにもつまらなそうなイベントを企画してスベったり、自分と話すことがいかに役に立つかをアピールしていた。そうやって、かなり低い確率でフォロワーの一人とDMでのやりとりができたとしても、すぐに相手に嫌われ攻撃的なツイートをする、をずっと繰り返している。
そろそろツイッターを再開しようかと思い始めた頃、私は魔物のツイートを再度確認した。
年齢イコール彼女いない歴のはずの彼の”#恋人”がついたツイートを目にし、反射的に画面を閉じた。