【ツイッターの都市伝説】Sの幽霊アカウント
ある日携帯の画面に幾度も幾度もツイッターのDMのマークがつくところから、それは始まる。
Sからのものだ。
既読スルーしてもそれは何度も連投される。
思えばツイッターのリプもググればわかるような質問が多かった。
それにいちいち答えていた私は無意識に彼がしていた「テスト」に合格してしまっていたようだ。
※この物語はフィクションです。
Sの自己紹介
Sは大学生。父は外科医。母は駅ビルでバイトをしている。兄弟はSを含め三人。Sは長男で、妹は看護士、父の遺伝子をより多く受け継いだ弟は、医者を目指して勉強中である。
Sは家から少し離れた東京の大学に通っていた。
医者である父親が望まない大学だ。
それでも勉強ができたSはどうしても医療福祉を学びたいから、と父の反対を押し切り、自分の偏差値よりかなり下のその大学に入った。
1年生の5月、特別講義の感想を友人に聞かれ”講師が昔悪かったことを仕切りにアピールするのは違うと思う”と言ったことから友人の怒りを買い、イジメに遭うようになった。
以降、大学内では無視された。
うがい薬を購入すれば白いシャツにスプレーされ、焼肉に誘われれば全員分の会計を払わされるなどの嫌がらせもされた。
Sはそれらのイジメに2年耐え、とうとう3年にあがる前に休学した。
以来ほとんど人と話すことは無くなり、私にDMを送りつける頃には約4年間、そんな生活が続いていた。
なので所々、彼の言動も行動もおかしいのだ、と彼は主張する。
疑問
それに関して、私は何も判断できなかった。
4年間引きこもった人間なんて見たことないのだから。
それでも、様々な疑問は涌く。
友人がなぜ”講師が昔悪かったことを仕切りにアピールするのは違うと思う”という言葉にそこまで腹を立てたのか?
ーそれは友人の父親がヤクザだったから。
”昔悪かった”という言葉を批判したのが、自分の父親を批判しているように聞こえたようだ。
なぜ周りもそんなくだらないことがきっかけのイジメに賛同するのか?
ーそれはその友人の口がうまく、教授までもが騙されて自分の悪い噂を信じ、コミュニティから外されたから。
ではその噂とはどんな噂か?
ー回答なし。
両親はどう対応して何て言ってる?
ー二人揃って前を向いていくしかない、としか言わない。
自分は裁判を考えていて、弁護士に相談したが”君の受け答えは賢いし、わざわざあんな大学に行かなくても、もっと良い大学に行ける。その方向で考えてみてはどうか”とのことだった。それでも裁判をしたかったが、両親からは”馬鹿な事を言うんじゃない!”と反対された。
私の抱いた疑問に関して、スッキリするような回答はなかった。
こちらが不明な点を聞いても”わからない”で終わり、全てがぼやけていた。
そこで私はその話しを聞いた翌日アカハラについて調べたが、確かにそれは多数存在し、とても壮絶なものばかりだった。
記事をいくつか見たところで、私は本気でアカハラという存在に腹が立っていた。
生きづらさの転嫁
素人の私が見ても彼は普通の状態ではない。
大勢の目があるツイッターの中でさえ支離滅裂なことを言う。
そして、自分から離れる人が出てくるとサイコパスなどと言い、サイコパスとは何かを説明付きで批判する。
人の企画に勝手に割って入って失敗し、全てを台無しにするという衝動の抑えられないところ、距離感のおかしなところ、それらはその都度注意した。
Sのまわりにはそういう大人が誰一人いないとしか思えなかったからだ。
正直、私はSとのやりとりで得るものはない。
それでも、あの人のこういうところが嫌だとかあの人とは話しにくいとかで、接触する相手を私だけに絞って来る。
同年代同士で繋がる事を何度提案しても、結局聞くのは相手の悪口だった。
DMをしなかった期間が続くと、Sの文体は明らかにおかしさが増していた。
それがさらに、私の中の恐怖を大きくした。
明らかに、創作で出来るおかしさではないのだ。
さすがに精神科に行くことを勧めたが、”両親が反対している。自分はあんな両親でも悲しませたくない。あなたとのDMだけが自分の支えであり、それがなかったら今頃空の星になっていた”と言ってくる。
なんでも、外科医の父が”こいつは他の患者とは違う”と精神科行きを許さないそうだ。
しかし、自分の生きづらさをこっちに転嫁していることは明白であり、対象を私一人に絞っている以上、下手に切るのは危険だということは間違いない。
今までも話しの途中でブロックしたくなることは多々あった。
ただ、そうするととんでもないことが起こる雰囲気だけは、かなり生々しく伝わって来ていた。
なので、できるだけの事をしようと考えた。
何があっても後悔しないように。
そう、それは自分のために他ならない。
SからのDM
当初、Sが私にDMをして来たのは、心理テストのアプリに関してだった。アプリで診断した結果、自分がどんなタイプで私はどんなタイプで、という別にツイッターのリプで十分な内容だった。途中、実はそのアプリに関わる人かと思って少し怖かったのを覚えている。
以来、ツイートのリプが多くなった。
リプからのDMも増えて来た。
なぜか、別に相談しようと思ってもないことを”相談に乗りますよ”と言ってくる。
最初は詐欺師にしか見えなかったし、色々根掘り葉掘り聞かれるのも決して気持ちの良いものではなかった。
そうしたところでSは案の定、何の解決にもならない事を延々と言うだけだった。
ある意味、詐欺師以下である。
ここでも私は怒りを抑えて注意した。
ここでブロックせず注意した理由は、私の職業病だ。
何度か自殺志願者を保護したことのある人にはピンと来るであろう、彼ら独特の深い闇がDMというフィルター越しからでもリアルに感じ取れてしまったのだ。
だからと言って、Sの望むような頻繁なDMのやり取りはとても続けられるものではない。
少しずつ距離を置こうとしても、SのDMはしつこく疑問形で送られてくる。
無視しても連投される。
この辺りで、下手に切ることが本当に怖くなっていた。
それでもその恐怖よりSに対する嫌悪が強くなった時、私はとうとう彼のDMをブロックした。
とてもスッキリした解放感だった。
もうできるだけの事はしたので何があっても後悔はない。
ブロックした結果は想像以上でSのツイッターのアカウント名である、”L”では私の誹謗中傷が連投され、それは1週間続いた。
共通のフォロワーさんに向けて私に嫌われた理由を問うツイートや、私がアカウントに鍵を付けたことにより開示請求をするという脅迫は正気の沙汰ではないが、それを指摘する人もいなかった。
ただ、私はそこであることに気づいてしまう。
「私がしたとされることは、大学が彼にしたとされることと全く同じである」と。
結局、Sは自らの攻撃性を暴露する形でツイッター上でも大して相手にされなくなって行った。
Sの死
それからしばらくして、Lのツイートはピタリと止まった。
それから数日後Lのアカウントのリプ欄に、あまり見かけないアカウントからお別れのメッセージが複数あり、どれも”ご冥福をお祈りします”という言葉が含まれていた。
結局、誰とも自らが望むような形で繋がれないまま、Sは本当に空の星になったのだ。
詳しい死因はわからないが、彼のことなので薬でも大量に飲んだのではないか、と思う。
★
私はできるだけの事をしたので、やはり後悔はしていない。
後悔するとするならば、自分が関わったことにより相手がおかしな事をする前に思いとどまってくれるのではないか、などと随分思い上がっていたことだ。
ただ、あのひどく生々しい”人命が関わっている”という感覚は何なのか。
それは、すでにSがある意味死んでいたからだろう。
現実の世界で生きられなくなった彼はSNSで作り上げた自分の人生を生きていたのだと、今になって思う。
Sが命を絶ってから、風の噂で大学時代から彼は変わっていて、あちこちでトラブルを起こしていたと知った。
普段の言動や行動も変わっていて、同級生からは”バカだ”と思われていた。
虚言癖や妄想癖もあり、よく同級生達をそれらに巻き込んでいたと言う。
イジメのきっかけとなったという”ヤクザの息子”も存在しない。
逆にSがしつこく講師を批判し、周りにたしなめられたことをなぜか恨んでいたという。
あの焼肉事件だってSは会計を負担なんかしていない。
警察にまで無視されたと言っていたが、一体そこで何の主張をしたと言うのだろうか。
当然、そんなSを同級生達は避けた。
どうやらそれが、以前聞いていた”無視”の真相のようだ。
学校側もトラブルの度に、かなり動いていたと言う。
Sが退学届けを出した日、私にDMで送られて来た画像の中の退学事由欄には
”コミュニティから外され、自殺まで考えさせたあなた達を絶対許さない”
あれもSの妄想の産物ということになる。
しかし、妄想が原因で自らを死に追いやるなんて現象が人間にはあり得るということなのだろうか。
L大学の都市伝説
人と思うように繋がることがリアルの世界でも叶わず、SNSでも叶わず、となるとSが次に行き着く場所はどこなのだろうか…?
Sのアカウントである、Lはもうない。
ただ、もう一つのアカウントであるL大学からは、なぜか#23卒#24卒#25卒#26卒さんと繋がりたい#1on1 などとハッシュタグのついた独特の文体のツイートが今もたまにあり、繋がりたい対象が数ヶ月ごとに広がって行く。
うっかりそのツイートにリプすると、鬼のようにDMが届く。
それをブロックすると数日以内に災いが起こると言う。すでに一人は職を失い、一人は恋人と別れ自殺未遂をしたとか。
都市伝説にしてはショボいのも、なんともSらしい。
アカウントも何故か消えはしないが、少しずつ小さくなって来ている。
そう言えばSの死後、初めて私がL大学のツイートを見た時、ツイートの最後は「#23卒さんと繋がりたい」だけだったっけ。
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