“自分”という存在について

2回目です。七風と申します。

前回は好みとかそういうような話を書きましたが、今回は自分自身の事について書こうかな、と。

多分そこから発展して話ずれると思いますが、そのへんはご了承願います。

日本語たまに変です。ごめんなさい。


途中まででも構いませんので、少しお付き合い頂けたらな、と思います。




今回書くことは、タイトルにもある通り、

【“自分”について】です。


結局の所、自分って何なんでしょうか。

別に勉強ができる訳でもなく、ゲームが得意でもない。

歌が上手いとは言えないし、顔立ちもあまり良くはない。

そう考えると“自分”ってあまり特徴が無いように思えます。

そのへんによく居るモブです。

もっと言えばブスであり、究極のバカです。


そこで考えました。

「個性的な事が少ないのが自分なのではないか」と。

別に美しいとかそんな事は無いです。

ただの一般人です。

ただの一般人だからこそ分かる事があると、そう感じております。


自分一人の意見が国を動かせる訳では無い。

でも別に一般人だから国を動かせなくたっていい。

そう考える事ができます。

なかなかポジティブ思考だとは思いますが、国を動かすって、壮大な例えでしたね…。


例えば、「誰かが好きだから私も好き」というのは必要ないと私は思います。

一緒じゃなくて良いのです。

「誰かと同じじゃないと」

それも別に良いんです。

同じである必要はありません。

この世界に生まれてまだほんの少ししか経っていませんが、私はそうやって学びました。

別に誰かに合わせる必要はない、自分の好みを押し付ける必要はもっと無い。

そういう考えを誰も教えないからいじめが起こるのではないか、と思いましたが、流石に言い過ぎですかね。


私の数少ない友人は、他と違うだけでいじめられました。

アニメが好きだという事のどこが悪いのでしょう?

ヲタクだからいけないのでしょうか?


いいえ、全く関係無いです。

いじめていた人達もアイドルヲタクです。

二次元と三次元でこうも扱いが違うとなかなか愉快ですよね。


アニメ見るやつ=キモい。

アイドル見るやつ=大丈夫。


…的な方程式(?)が出来ている気がしました。

別にアニメは悪く無いんです。

アニメ見る人も悪く無いんです。

他人も自分達と同じだと思っているから駄目なのではないでしょうか。

それぞれ個性があり、性格があり、好きな物だって違います。

人類、全く同じ性格の人なんて探してもあまりみつからない見つからないと思います。


つまりそういう事です。

皆違うんです。でも皆素晴らしいんです。

なんか、こういう詩ありましたよね?

「わたしと小鳥とすずと」ってタイトルのやつです。

いい詩ですよね。


全く別のジャンルですが、

「炎神戦隊ゴーオンジャー」にはこういう歌詞があります。


生まれた世界は違っても 見た目や言葉が違っても願いはつなぎあえる


いい歌詞ですね。

引用しても大丈夫なんですかね、不安です。


“自分”の事を考えてたのに突然別の話になってますね、すみません。

あ、でも是非聞いてみてください。凄く楽しいので。


結局何が言いたいかといいますと、

皆違うから別に「周りと全然違って…」とかそういう悩みは必要なくね?

っていう事です。はい。


周りと違っても、自分のやりたい事やれればそれで良いと思います。

自由に生きましょう。


正直、書いてる人物凄く口悪いので、差別とかそういうのマジでクソだよな…とか普通に言います。バカとか暴言めっちゃ吐きます。

それはちょっと行儀が悪いので、慣れない敬語で日記を書いております。




では皆さん、キリが悪いですがこの辺で失礼します。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。


2021/05/29 七風

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