リリのスープ 第十章 新しい店
ナディンは、リリの言葉をきいて、新たなはじまりを感じていた。
リリは、さっそく、家を貸してくれたタジンのもとをあたり、自分たちが使えるキッチンがないかを聞いた。
すると、タジンは、自分の家のキッチンをつかってもいいといってくれたが、りりは、その好意にはあまえずに、簡易コンロや、鍋や、調理に必要な一式を借りたいと伝えた。
ナディンは、りりのやろうとしていることが、まだわからなかったが、彼女の手伝いをしようと思った。
お店をやっていた人がいらない調理器具を持っていると話をきいて、店までいってみると、オーナーが二人に自分の店にあった鍋や皿などを無償で提供してくれた。
二人は、礼をいうと、今回の出来事のことを、大変だったねと労わりの言葉をくれた。
そして、力になれることがあればとも、言ってくれたのをきいて、りりとナディンは、ありがたくその言葉を受け取った。
彼女たちのことを聞きつけた近所の人たちも自分たちの家に眠っていた食器だったり、使われていなかったものを、もってきてくれた。
まずは、どこからはじめようかと思ったときに、いつだったか、夜中にやってきたおじいさんが彼女たちのもとへおとづれた。
そして、心から労いの言葉を言うと、そっとカギを手渡してくれた。
それは、自分が普段使っていない小屋のカギだという。
話をきくと、これからまた自分は船に乗らなければ行けないから、そこを使ってもいいといってくれた。
二人は、喜んで、その申し出をうけ、その日の午後には、小屋へと引越しをした。
町の人たちにもらった調理器具などは、ありあまるほどになったが、どれも使い勝手がよさそうなものばかりで、自分たちへの労わりがわかるようだった。
小屋についてみると、驚いたことに、そこは、生活されていた家そのものだった。
近所の人は、あのおじいさんのことを、ユタカと呼び、それは、大空を飛び回ってばかりでなかなか帰ってこないという揶揄もふくまれているようだった。
手伝いにときてくれた、避難所で世話もしてくれた近所のおばさんは、
「本当に、船乗りが好きでね、一年のうちの大半は帰ってこないのよ。どこに住んでいるのかしらと思ったけれど、こんな小屋で一人で住んでいたのね」
と言った。小屋の中を見渡してみると、キッチンも、洗面も、内装やインテリアも、小奇麗にしてあった。
かわいらしい黄色い花柄のついた布を、壁にかけてあったり、調理器具類も、綺麗に壁にかけてあり、年のとったおじいさんがすんでいるようには、見えない家だった。
彼は、ここでの生活を一人楽しんでいたのだろうと感じて、りりも、ナディンもここを借りることにした。
水道は、井戸水だった。
裏手にあり、そこから湧き出る水を汲んで、飲料水にしたりした。
ナディンは、自分たちの生活できる場所が確保できてほっとしていた。
しかし、そんな彼女に、リリは、これからやろうとしてることを、話しはじめた。
「これから、どうやって帰るかを考えましょう」
そうナディンがいうと、リリは言った。
「ここで、わたしたちはスープを作って、売るのよ。売って、そのお金で帰る資金にしましょう」
ナディンは、驚いた。
リリが、いままでそんな発想をしたのを聞いたことが無かった。
「売るって、あたしたちがスープを作ってうるの?」
「ええそうよ。わたしは、この何年間も、家族のために食事を作ってきたわ。あたしには、立派な仕事といえるものがないと思ったけれど、何年も毎日スープを作ってきたわ。それを他の人にも食べてもらうのよ。お金をもらいながらね」
リリは、楽しそうにいった。
ナディンが何かをいう前に、彼女の中では、もう決まっていることのようだった。
旅をはじめたときも、そうだった。
ナディンは、oK以外に、何もいえなかった。
「じゃ、まずは、何をしたらいいのかしら?」
「あなたは、スープの材料になるような野菜をとってきてほしいの。きっと、野菜をわけてくれるはずよ」
リリは、ナディンが、野菜をもらいにいっている間に、裏庭にでて、使えそうな野草がないかを調べ始めた。
田舎にいるときは、いつも、食卓には、野花が飾ってあったりした。
野草は、サラダや、スープ、リゾットにも、入れたり、パンにはさんでサンドイッチや、練りこんでパンを焼いたりもしたことがあった。
庭に出てみると、ここでしかとれないであろう、レタスや、香料になりそうな野草がいくつかあった。
おじいさんか、誰かが、昔に育てていたものの、こぼれ種で増えたものかもしれなかった。
野草は、ハーブにもなり、スープにいれると旨みがます。
リリは、少しずつもらうことにして、家にはいり、鍋にお湯をわかしはじめた。
ナディンは、近所の人たちが、自分の畑でとれた野菜や、くず野菜などもわけてくれ、持ちきれないほど両手に持って帰ってきた。
スープの出汁は、くず野菜でのこむことにした。
本当は、鶏がらや、豚や、魚介などが手に入ればいいけれど、自分たちには、いまそれがない。
お金で買えるもの意外のものを使うしかなく、リリは、それでも、作れる自信があった。
くず野菜を数時間煮込んでいき、濃い色の出汁がうまれた。
野菜の旨みが凝縮されたその出汁だけでも、十分においしかった。
そして、そこに、庭でとれた野草や、ハーブなどをきって並べて、スープが完成した。
ナディンが一口のむと、ほっとするような優しさが口に広がり、のどを流れてゆく中で、内臓に温かさが染み渡るようだった。
決して、大きなお店で出すような豪勢で、美味な味ではなかったが、リリの作ったスープは、いつも家族に作っていた愛情のかけらがたくさんつまったレシピで出来上がっていた。
ナディンは、リリのスープを飲んだことがなかったけれど、目をつむると、自分たちの住んでいたあの田舎の風景が目の前に広がってゆくようだった。
優しさの中に、懐かしさが広がっていた。
ナディンは、その風景に帰りたくなった。
リリは、スープを味見し、できばえを感じていた。
決して豪華でもないけれども、この一杯の中に、自分のすべてが入っていた。
二人は、手を取り合って、何かに喜んでいた。
涙は、頬をつたいつつも、胸には、甘酸っぱさがはじけていた。
それは、故郷の庭先でよくなる、野生のレモンのような新鮮な感情だった。
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