リリのスープ 第十六章 沿岸の風

迎えに来てくれたのは、22、3の若い青年で漁師の親方の船に去年の11月から乗っているというまだ新人の見習いのようだった。
家の前に車をとめて、荷物や、寸胴を運びこむと、ナディンは後部席に座り、
リリは、いま前だけをみていたいとでもいうように、助手席に座った。

車が沿岸沿いを走り出すと、ナディンは車の窓を開けた。

潮風に、波の香りがしみこんでいる。
この町にきて、二ヶ月がすぎようとしていた。
夏によくかかる大きな入道雲が、その季節の過ぎ行く早さを教えてくれているようだった。

この町の景色も、だんだんに身体になじんで、自分たちにとってはなくてはならない人間の存在も、少しずつ増えてきていた。
旅してきてきたときは、誰もしらなかった町。
そして、足元もおぼつかなかったというのに、今こうして、この町をあげた大会に出ようとしている。
それも、好意ある人たちの薦めと支えで。
自分たちには、何もないと思っていたけれど、今周りには、あふれんばかり好意と、あまるほどの豊かさがあるように思えた。
お金も裕福になったとは言えない暮らしだったけれど、この手で創ってきたものは、大きな大きな豊かさという宝箱だった。
その中で、自分たちは、人の好意と恩によってできるだけのことをして敷き詰めてきた。

ナディンには、これ以上入る恩義は、ないように思えた。

車は、風を切りながら、沿岸沿いを隣町の会場に向かって走っていた。
空は、遠く青空が、見えていた。
会場の空は、きっと青いのだなと予感させていた。
自分たちにもうできることは何もない。

リリをみると、ドアについた肘に、あごを乗せ、窓の外を眺めていた。
風が彼女の長くフワフワした髪をゆらしていたが、その表情は笑っているのか、緊張しているのかわからなかった。

後部席にいたナディンもまた、窓から外をみていた。

二人の行く末のことを、案じるように、車の中は、長い沈黙が続いていた。


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