リリのスープ 第二十二章 出番!

ナディンを先頭に二人がステージにあがると、会場の熱気を視界に感じた。

「あつい」

リリがつぶやいた。ナディンも隣で額の汗をぬぐっている。
ステージから見える景色は、すさまじいものだった。
色とりどりの服をきて今日の催しを楽しんでいる人の数の多さ。
真上にある太陽のせいで、芝生の上も涼をとっている木陰の人たちもいちように汗をぬぐっている。そして二人にはありがたいことに、熱気が蜃気楼のように一人一人の顔がぼやけてみえた。
まるで、神様が外の視界を隠してくれているようだった。

「できるわ!」

リリがエプロンの前をはたいた。

「いらっしゃいませ~!美味しいスープですよ!いかがですか~」

リリのかわいらしくよく通る声がステージから響くと、観客が歓声をあげた。100人に配っていくスープの入った寸胴やカップがスタッフたちによって並べられている。

リリは、さらに大きな声で

「今日のお客さんは、とっても幸運よ!このスープは一生に一度今日しか飲めないんだから!」

とけしかけると、

「本当かい!?どんなスープだよ」

さらに大きな野次や口笛があちこちから聞こえてきた。

視界が熱気で曇り、一人一人の顔もわからなくなっているリリにとって、誰かにみられているなんてことを気にする必要がなくなったようだった。市場で毎朝売っている、いつものリリの姿をみて、ナディンも緊張のコリがほぐれた。

「このスープは今日だけ!記念のスープよ!飲まないと損するわよ!」

二人で、威勢よく言うと顔を見合わせながら笑った。
もう、二人にはいつものように笑って、愛嬌を振りまいて、市場にいる海の男たちにスープをさばいている日課に戻っていた。
気づけば、肌も浅黒く日焼け、化粧っけのない顔には少し小じわもあるが、若く威勢がいいだけの女性にはない、年を重ねた重みのある掛け合いも安定さを帯びていた。
自分たちがゼロからやってきたという彼女たちの自負も、今は自信に変わり二人の中の最大の武器として堂に入った笑顔につながっていった。

「どんなスープだい?さっきの4番とこのラタテュユもうまかったぜ!」

いけすかない野次がとんだ。リリは、

「さあね!あなたが飲んだことないような味のスープよ!興味がないなら、出てってらっしゃい!」

すると、他の野次馬たちもさらに沸いた。

「威勢のいいねーちゃんだ!気に入った!飲んでやるよ!」

リリもナディンも、寸胴からカップにスープを盛りながら、会場のお客の相手をしつづけた。
他の出場者のファンは、普通他の試食はあまりせずに、遠巻きにみながら野次をとばしたり、投票までファン同士が集まって涼んでたりするのが常だが、リリたちのスープには、野次を飛ばしながらもいろんな人たちが味をみにやってきた。

「お前さんたち、どっからきたんだい!顔がこっちの生まれじゃなさそうだな」

「どっからきたって、いいでしょ!あなたの顔と一緒にしないでちょうだい!」

とリリがいうと、ぼさぼさの白髪頭とヒゲをはやしたおじさんは前歯のない顔で二カッと笑うと、スープを受け取っていった。

「なんだこりゃ、具が少ないじゃないか。こんなちっぽけな量でよく売ってるよな」

リリは、その言葉に挑戦的だが、温かみを持った返しで

「悪かったわね!少なくて。けど、中に入っているものは確かよ!文句は飲んでから言って頂戴!」

ナディンは、隣を見やると、リリは心無い野次に悔しそうにしながらもなんだか楽しそうにしていた。


「みんな好き勝手いう連中ね!けど、海の男相手に市場で売ってたあたしたちを舐めるなってとこを見せてやらなきゃ」

というと、ウィンクした。
ナディンは、その顔をみて、自分も笑うとまたカップに視線を戻し、

「味は、飲んでからのお楽しみ!飲む前に文句がある人は、いっぺん飲んでみて~」

というと、ステージ前のあちこちから、やんやと歓声が沸いていた。


他の出場者のファンたちも、倦厭して遠めにみていた人たちも、少しずつステージ周りにやってきた。
二人が飛ばす威勢のいい掛け合いや、冷やかしにきた人にも正直に受け答えする姿勢が、いつしかその会場の空気を変えていた。
誰かのファンで来ているものたちも、いつのまにか彼女たちのスープを一緒に飲み、そんな彼女たちの声や笑顔は、会場を縦割りにしていたファン同士の壁は消え去り、みんなが一緒に和を作ってステージの前でスープを飲んだ。

「何だか、懐かしい味だな」

「そうそう、田舎のばあちゃん家の畑で取れた野菜で作るとこんな味がしてた」

「どっかで前に飲んだことあるような匂いがするわ」

「ぼく、これ美味しい!」

老人や、幼い子供、育ち盛りの若い少年、真っ黒に日焼けた豪腕そうな男性たち、色の白い上品そうな夫人、子供に飲ませているママたち、誰も彼もが、スープを飲んで自由な感想を言い合った。

リリたちのスープの最大の武器は、誰のファンでも受け入れたことだった。誰かがケチをつけても、誰かの料理と比較されても、リリたちは自分たちの料理を誰の下でも上でもなく、価値をゆずらずに誰にでも平等に飲ませたので、誰もが彼女たちを一つの料理人の姿としてみるようになっていた。


親方がステージにやってきた。
大きな太い腕を上げて

「よう!調子はどうだい!」

リリとナディンは、親方と懐かしい船乗りの連中の姿をみると、さすがに涙がこみあげ、

「上出来よ!さあさ、飲んでって」

とカップを一つ一つ渡していった。

リリから受け取った親方たちは、

「俺らは、ずっとあの木のそばでみてるから。いつもの調子でいけよ!」

というと、片手をあげて階段を下りていった。

リリもナディンも、胸がぐっとつかまれたようになった。


「さあさ、残り、30杯くらいだよ!早くしないとなくなるよ~」

スープは、飛ぶように売れて、ステージの下には飲み終わった人たちがまだたむろしているくらいだった。
親方にもらった鱈と野草で煮込んだスープは、飲み終わった人たちからの感想も上場だった。

嬉しかったのは、小さな子供をつれた母親が、子供と一緒に鱈のほぐし身をスプーンで食べさせているのをみたとき、リリは胸があつくなった。
あのおぼつかない口で食べさせてもらっている子は、バーバラと同じ年くらいだった。
ああして、自分も子供たちに食べさせていた。

また、もう一度、子供たちを抱きしめて、このスープを作ってあげたい。

リリは、涙がスープに落ちないように、エプロンで顔をふいた。

暑さが最高潮になり、寸胴の鍋も空になった。

野次を飛ばしあった粗野な連中たちに、手をふりながらステージを降りた。階下では次の出場者の若い男性が緊張のあまり青白い顔で震えているのをみて、リリは、

「大丈夫よ!今日の会場はあったかいから」

というと、ナディンと二人、控えのテントの外に出て行った。

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