リリのスープ 第十一章 3ぺスの奇跡

リリは、すぐに、それを市場の横で出すことにした。
朝、水揚げされた魚たちを求めて、港の市場では、朝早くから大勢の人たちがやってきている。
男たちが、いったりきたり威勢のいい声が飛び交う中で、彼女たちはスープを振舞った。
野菜の旨みがしみこんだこのスープは、朝の寒い漁から帰ってきたものたちの身体を温めた。
そして、魚のはじかれたものなどをわけてもらったりした。

一杯3ぺス。
彼女たちは、その日、21ぺスを売り上げた。

そして、また野菜を分けてくれるものもいた。
野菜のスープだけでなく、魚から出汁をとた魚スープなども作った。

毎日いただいたものだけで出汁をとり、作ったスープを持って、朝市場へと出かけていった。
最初は、遠巻きにみていたものたちも、彼女たちの毎日変わるスープをいただこうと、仕事を終えると列ができるようになっていた。

リリは、毎日たくさんのスープをこしらえて、でかけた。
素朴な味わいの中に、飲むものの心に響く何かがあったのかもしれない。

一杯3ぺスのスープの売り上げは

100ぺスを超えるときもあった。


リリは、スープを売るためにできることはしようと思った。
毎日起きると、器を温めることも忘れなかった。
温かさの中に、リリの優しさが含まれていた。
ナディンは、スプーンを綺麗に磨き、気持ちよく使ってもらおうとしたりした。
二人は、自分たちができることは何でもやるようにし、
来てくれるお客さんには、精一杯の笑顔で接するようにした。

何もないと思っていた自分自身との決別が、いまここで彼女たちに新しい道を生み出していた。

毎日変わるスープの味を求めて、彼女たちのもとへと人が集まった。
リリは家族のもとへ帰るために必死に働いた。
そして、それは、ナディンも一緒だった。

スープは、毎日飛ぶように売れた。
それは、本当に美味しく誰もが求めている味だったからというわけでもなかった。
ただ、誰もが、彼女たちの作るスープに魅了されたのだった。
はじめて飲んだものは、そのシンプルさに驚きながらも、言い知れぬ懐かしさと子供の頃に味わった、まるで田舎の祖父母の家に帰るときのように、心を抱きしめられるような温かさに、ホッとした。

リリは、毎日スープを作った。
まるで、それは、日々の家事に疲れていたときのリリと同じことをしているというのに、いまは毎日が新しく生き生きしている自分がいた。
ナディンは、リリのサポートをしていた。
自分がいなければ、この子はダメになってしまうと思っていた頃のリリとは、似ても似つかないほど、立派な一人の女性に成長している彼女を支えるパートナーだった。

いままでのリリとは、まったく違っていた。
支えてくれるナディンのこともよくわかっていた。

毎日スープを配り終えて小屋に帰る頃には、二人は汗ばんでクタクタになっていたのだが、必ず一緒に笑いあっていた。
近所の人が、彼女たちのスープのことをしって、何かと野菜を分けてくれたり、パンをくれたりし、それを一緒に食べながら、その日その日が充実して過ぎていった。

車の修理の約束の日になったとき、ナディンは、稼いだお金を使って町まで出かけていった。
そして、その日の夕方、車に乗って帰ってきた。

車には、修理工場においてもらっていた衣類やスーツケースが入っていて、リリは久しぶりに、自分の服にみを包んだ。

小屋が流された後は、周りの人たちからの援助で、古着をもらって暮らしていた。
自分の家の香りが、する洋服に身をつつむと、自然とエネルギーが湧いてくるようだった。

あともう少し、資金がたまるまで、スープを作ろう。

何も無いところからのスタートで、彼女たちは、ずいぶんとお金が手に入っていたが、帰りの資金まではもう少しのところだった。
リリは、いまスープつくりに夢中だった。
あれほど、いやだと思っていた料理作りが、いまは苦にならなかった。

帰るための資金をためることも大切だったが、一番は、このスープつくりを終わらせたくなかったのだった。
それほど、いまが一番楽しかったのだった。

自分の作ったものを、誰かが美味しいと飲んでくれる。
そのことが、どれほど大切なことかと感じていた。
もちろん家族たち、デイや、子供たちも同じように味わって飲んでくれていたものだったけれど、自分の喜びとは、違うものだと思っていたからだ。
しかたなく作って、食べさせているような気持ちがしていた。
けれど、本当は、自分の作ったものが、人に喜ばれて、こうして受け入れられることほど大切なものはないのではないかと思った。
それを、いまはじめて理解しているリリがいたのだった。

毎日生き生きと働く彼女をみて、ナディンも、嬉しさの中にいた。
自分のやっていることが、同じように人に届き、また誰かのためになっているということが、何よりの喜びだった。
彼女を支えることが、ひいては、自分自身のためにもなっていた。

自分もまた、リリの作るスープの虜になっていたのかもしれなかった。

リリは、毎日野草を摘んだり、手間暇をかけてスープつくりすることを、厭わなかった。
いままで、これほど自分が何かに掛けられることなんて、あっただろうかと思った。
家事の合間、子育ての合間に、何に向かってかわからない道を歩みながら、料理を作り、日々が過ぎてゆくことが虚しくなったりした。
自分は、何か大きなものに雇われて、ただ日々の雑務をこなしているだけの存在だと思えて仕方なかった。
それが、いまは確かな手ごたえを感じていた。
自分は、何か大きなものの担い手となって、この仕事を任されているように思えるのだった。
スープといっても、誰でも作れるものではないかもしれない。
特別なレシピがあるわけでもない。
けれど、いままで自分が生かされてきた時間の中にすべて、凝縮されてあったレシピが存在していたのだと、いまははっきり感じることができた。
それは、誰かにとっては、スープではなく、別の何かのレシピかもしれない。
けれど、長い時間をかけて、自分が行ってきたことの中には、自分のこれからをみつけるための足がかりがあるように思った。
以前と変わらない味で作っているはずであるのに、スープを飲むたびに、リリは、不思議に感じることもあった。
まるで、自分以外の誰かの手で作られたような一杯だと。

そして、それを作らせているのは、いままで出会ったすべてのことであり、自分を遠くで愛してくれている家族の存在であるのだと思った。

自分の本当の愛の場所に気づいて、大切なものたちからの愛を受け止めたとき、リリのスープは変わったのだった。
リリは、すべての愛をスープに入れた。

家族、子供たちに飲ませるスープと同じようにつくり、毎日市場で配った。

誰もリリのことを知らない人たちだ。
本当の家族や、どこからやってきたかなど、町の人たちは、本当のところは誰もわからないのだった。
けれど、リリの作るスープを求めて、逢いに来てくれる人をみるだけで、彼女は身体の中から力が湧いてくるようだった。
相手の笑顔をみるだけで、リリもまた愛を受け取った。
そして、その愛は次の日、彼女のスープの一滴となるのだった。


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