海を越えて届く小さな愛の物語『チャリングクロス街84番地』
紙に書かれた文字が、ときとして声以上に雄弁なことってあるよね。それがだれかのしたためた小説なのか、はたまた詩か、愛情たっぷりのお手紙か。カタチに拘らず、文字が煌々と輝いて私たちに訴えかけてくる瞬間というのは、定期的に訪れる。
私もそんな経験をしてきたし、この作品はそれがとくに顕著に魅力的に描かれていた。
あらすじ
アメリカに住む愛書家の文筆家が、ロンドンの古書店に手紙を送り、目当ての本を注文することから始まる、文通を描いた物語。主人公の女性が書くウィットに富んだ手紙と、丁寧な古書店からの返事のやり取りが双方の目線で描かれ、やがて…
文通をする気持ちって、もしかしたらもうあまりピンとこない世代も多いかもしれない。返事がない時間に相手に想いを馳せたり、書いたことが上手く伝わらなかったり、想像以上にしっかり響いたり。
でも手紙が最高!て説教じみたことを言いたいわけじゃないの。
私はメールやメッセージアプリの気軽さももちろん大好き。恋人からすぐに返事がくるときなんて、これ以上もなく幸せだよ。でも、自分の手で手紙を書くのも同じくらい大好き。
もっともっと特別に、相手に気持ちを伝えられる気がするから。私の書いた言葉が立ち上がって、相手の中に吸い込まれていくような気がする。
だから文通がメインに描かれる本作に、すごく強く惹かれたんだよね。相手の見た目も知らない、性格もすぐにはわからない、表情もわからないまま、言葉を使って探り合う。そして徐々にその言葉は身体にもぐりこんで、お互いを認識し合う。最後にはそれがしっかりと愛情に変わっているけれど、その愛は恋人に向けられたものではなく、親友としてストンと着地するの。
こんなきれいなエピソードがあるものか、と観ながら胸が熱くなった。
心の流れと時間の流れがとてもロマンチックで、ワクワクせずにはいられなかった。本作にはそんな、手紙を通して描いたからこその魅力がある。
そして忘れてはいけないのが、この物語が「出会い」の物語だっていうこと!
手紙が繋いだ絆と本を愛する人への敬愛が描かれた本作は、フランクとハンフの出会いでもあり、ハンフと本の出会いでもあり、私たちと本の出会いでもある。
ここで見聞きした本や作家は、みんな実在している。だから、私たちは生活している中で自然とこの作家やタイトルと「再会」できるの。これがまさにこの作品の醍醐味!
作中の作品を知っていれば、そこで再会し、ハンフやフランクと作品についての感情を共有できる。知らなければ、いずれどこかで「再会」した時に、また映画の世界に回帰できる。ましてや、この作品で観たことをきっかけに本を読み始めたならば、その本に触れるたびに映画を想起するかもしれない。
そんな出会いに結びつく作品であることが、この作品の魅力であり、尊さなのだ。イギリスの古典名作が名を連ねる本作は、文学に興味を持つ入り口としてもふさわしい。それに、元々の読書好きからしたら、山のような本が画面に映っているだけで胸が熱くなるの!
こんな熱い気持ちにさせてくれる作品、なかなかない。読書という個人的な体験を、人と繋がる体験へとアップデートさせ、さらに世界の本と繋がる体験へと導く名作でした。
原書の書影はこちら。邦訳版は江藤淳さんの訳を読んでいますが、とても軽やかな文章でおすすめです。
映画はNetflixで鑑賞できます。
秋もはじまり、コージーな気持ちになる季節。みんなで本を愛でようね。
nana