言葉にすると滑稽な気がするんだよね
だから、わざわざ言葉にしたりしないことって沢山ある。
けれど、物質の星である地球では言葉にしたり、形にしないと、どうも忘れちゃうみたいなんだ。
それが、違和感の正体なのかもなぁなんて今ぼんやり思う。
滑稽な気がするけど、まぁ、気分で書いておこう。
なに、何時ものkoedananafusiだよ。
何の為にもならないし、わけもわからない。
私自身も、なんか思い浮かぶというか、心に湧くことを書いているだけで、わからない。
こんな人間も生きてるのかーとか思ってくれたらいいよ。
そういや、以前見つけた銀色の時代(というのは私が質感的につけてよく使ってる名前)を目指す人達のコミュニティーはどうなってるんだろう。
見つけた時はゾッとしたけど、まぁ、その道も勿論あるよね。私は、好きじゃないけど。
十年は前から、銀色の時代がヒタヒタと寄ってくるのがわかった。
『そうか。この星はそっちを選ぶんだね』
そう思ったのは何時だったろう。
銀色の時代が悪いわけじゃないよ。
ただ、悲しいかな…って思ってるだけ。
たぶんさ、大事にしない人多いと思うから。
今の感じだと。
大事にする人ばかりなら、銀色の時代はきっと素敵なんだと思う。
物質の星らしくもあると思うよ。
私は人に限らないから、だから、悲しいのかもね。
色んなのがいる。
私を含めて。
本当の事はなにもわからない。
わかってるやつも、いるみたいだけど、私にはわからないんだよ。
感覚や質感で、感じ取る。
それには、人の世は忙しなさ過ぎる。
なんとかして短い間で伝えようとするから、形ばっかり出来上がっていく。
中身がすっからかんの枠だけとか、いっぱいある。
それを笑うことは簡単だが、枠には枠の思い出があり、枠には枠の使命がある。
大事にしてやらないといけないと私は思うよ。
つくったのだから。
私達は形にすることは拘らなくても、この星にとって大切なことを大事に思うくらいいいじゃないか。
なんていうか、不器用だよね。
下書きが溜まっているんだけど、どれも言葉になり切らないんだ。
わざわざ言葉にしなくても、実は他の人間もわかってるんだろうなーとか思ったりしてさ。
けれど、よくよくきいてみると、みてみると、あれ?わかってないの?とか思ったりもする。
でも、擬態かもしれないじゃない。
私はそこをスパンッと射抜く感覚は持ち合わせてないんだよ。
何時だって曖昧なんだ。
私はこんな感じだから、間に漂っている。
『究極の』とか『最後の』とか、よくつけるなぁと思うけど、名前って大事だからね。
よくわかんないものに、人は触れない。
よくわかんないからね。
私とか。
人間は人間ぽいものは、やっぱり安心するんだろうなぁって感覚的に思う。
私が違和感を感じるものが、そうではない事が多くて、若い頃はすごい反発があったけど、今はそれも人の世なんだなぁと思ってる。
人の時間で、人間の世界の事を底の方まで考えると爆発しそうだから、そういう事は一旦置いといて、生活してるんだなぁたぶん、とか、思っている。
なーんにもわかっちゃいないけど『そういうこと』にしてる人は、割とずかずか来ちゃったりしてさ、ま、それもいいかなーとか思う。
何となくでも、わかっててきてるヤツのが、相手するのは楽しくて危険ってだけ。私、弱小だし。
電子の海は海と同じように、伝播していくから、こうしてここにいる。
今年は明けたときにスルスルなにもなーいなって思った。
来年は明けたときにどう思うかな。
あるよね。明けたときに、どんな一年になるか、なんとなーく感じ取る。
辰かぁ。
もう少しで巡るなぁ。
そんな感じで、とりあえず今回の記事はおわり。