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エッセイ 『脚を引きずる鳩』
毎日通う丘の上の公園では、たまに鳩に出会う。いるかどうかは行ってみるまで分からないから、毎日ワクワクしながら公園に向かう。
ある日は、私がいつも腰かけているベンチから少し離れたところで、鳩の群れが各々自由に地面をつついていた。しばらくすると、気が済んだのか、何かの信号をキャッチしたのか、一羽が急にパタタタタと飛び去る。続いて他の鳩たちも次々と音を立てて飛び去り、公園が急に静寂に包まれた。
またある日は、私がベンチに座った途端、鳩が数羽、目の前に降り立った。それから皆思い思いに地面をつついたり、うずくまったり、首をかしげながら私を見つめたりしている。私はドギマギしながらも「こんにちは」「お元気ですか」などと声をかける。こうしてそばに寄ってきてくれるのは、仲間に入れてもらえたようで内心嬉しい。まあ、しばらくすると私を残して皆どこかへ去ってしまうのだけれど。
一週間ほど前だったか、不思議なことが起こった。一羽の鳩が私の足元に寄ってきたのだ。その鳩は左脚を骨折しているのか、左脚をぐにゃりと曲げ、引きずるようにして私の目の前を少し歩いた。「おぉ、脚が悪いのかい。大丈夫かい」と話しかけてみるものの、特に返事はない。ニメートルほど離れたところで、もう一羽の鳩が様子を窺っている。つがいだろうか。
脚を引きずる鳩は、しばらく私の目の前を行き来したかと思うと、私が座る真四角のベンチの周りを歩き始めた。そのベンチはなかなか大きいので、脚を引きずりながら一周するのはしばらくかかる。私は鳩の思惑を掴めぬまま、鳩がゆっくり歩くのを黙って目で追った。
鳩はようやく私の足元に戻ってくると、パタタタタと威勢よく飛んでいき、大きな松の木の枝に留まった。つがいの鳩もやはり飛んでいった。脚を引きずっていても、飛ぶことには問題ないのだな。良かった。私はひと安心し、また一人でぼんやりと景色を眺めた。二羽の鳩は、いつの間にかいなくなっていた。
昨晩、布団の中で脚を引きずる鳩をふと思い出した。元気にしてるといいなぁと思った瞬間、全身を電流が走ったようになり「あっ!」と叫んでいた。私、あの鳩に以前も会ったことがあるわ!!
私が毎日通う公園の隣には神社がある。福岡に越してからというもの、公園とセットでお参りしている。一ヶ月くらい前、手水舎で手を清めていると、すぐ横の砂利道に鳩がうずくまっているのを見つけた。その隣にはもう一羽の鳩が立ち、うずくまる鳩を気遣っているようだった。
どうしたのだろうかと気にかかり、私は無言で二羽のそばに寄った。すると、うずくまっていた鳩は慌てて立ち上がり、体をガクン、ガクンと大きく上下させながら二、三歩進んだ。「あ、脚を怪我しているのか。ごめん、脅かすつもりはないんだよ」と心の中で詫びたのと同時に、その鳩が羽ばたいてモミジの枝に留まった。怪我のせいでバランスが取りにくいのか、枝がゆらゆらと揺れている。つがいの鳩もやはり羽ばたき、同じモミジに留まった。そんな出来事があったのだった。
この前、私の周りを歩いていたのは、絶対にあの怪我をしていた鳩だ!!なぜすぐに気づかなかったのだろうか。まだ脚は引きずっているものの、随分とよくなったようだ。あぁ、もしかして「あのときの人間!こんなに回復したよ!」と歩いて見せてくれたのかもしれない。
飛ぶことはできても、歩くのが難しければ長く生きられないのでは……痛々しい姿を見て勝手に悲しんでいたけれど、たくましく生き延びていることを知り、心から嬉しくなった。すごいねぇ!
それにしても、その場で一緒に回復を喜んであげられなくてごめんなさい。また会いに来てくれるだろうか。そのときはすっかり脚が元通りになっていて、あなただと分からなくなってしまうだろうか。それはそれで幸せなことだなぁと思う。
9月23日に書いて、フォルダの奥にしまいこんでいたエッセイです。
先日もそれらしき鳩に出会ったら、以前よりふくよかになっていた。脚もほぼ治り、健やかに生きていると分かり、安心した。