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エッセイ 『せんのひかり』
近所の公園に毎日通っている。
そこは丘の上の静かな場所で、遊具はなく、その代わりにたくさんの木が生えている。
木と木のあいだには、六人くらい座ってお花見できそうなほど広い真四角のベンチが点々と置いてある。
私はいつも、大きな松の横のベンチを目指す。
腰かけると、ちょうど私の目の高さに一本の松の枝がしなやかに伸びているので「こんにちは」「暑いですねぇ」などと話しかけてみる。
松の枝は声を発さないけれど、必ず風に揺れてくださる。吹いているのかどうか分からないほどのそよ風に乗って微かに揺れることもあれば、ゆっさゆっさと弾むように揺れることもある。松なりに返事をしてくださってるのだなと嬉しくなり、私も「うんうん」と相槌を打つ。
挨拶をしたら、松に陽の光があたる様子を見つめる。ツンツンとした松の葉は、上を向いているものが濃い緑、下を向いているものが照らされて白く光っている。当たり前だけれど、全ての葉が同時に光を浴びるわけではないのだなぁ。細い線のような光を見て、流れ星もこんな風に見えるのかしらと想像する。生まれてから一度も見たことがない流れ星。
ふと、枝先の一本の葉が直角に曲がっているのが目についた。ほかの葉よりも太めで堂々とした佇まいだけれど、くせ毛みたいに曲がっているのだ。松の葉の一本一本に個性があるのだなぁと、やっぱり当たり前のことに今さらながら気づく。この公園に通い始めてから一ヶ月以上経つのに。
ぼんやり者なんだなぁ。世界を見ているようで全然見ていないことに呆れてしまう。神社の大鳥居の根元に咲く曼珠沙華にも、今日ようやく気づいた。茎がまっすぐ伸び、しだいに蕾が膨らむ日々をワープしてしまったかのように、突然目の前に満開の曼珠沙華が現れたのだ。松の葉よりもさらに細い光の束を見ながら「ごめんなさい」とつぶやいた。来年は必ず一緒に時を過ごしたい。「もうすぐ咲きますねぇ」などと毎日話しかけたい。
きっと明日もどこかの何かに「えぇっ、そうだったのかぁ」と一人密かに驚いているに違いない。日々、幾千もの発見がある。それらはいつも、ちょっぴり切なさがまじった喜びに溢れている。
9月27日執筆。
くせ毛の松葉は、ある日枝先が折れていなくなってしまった。
松と仲良しになり、最近は松葉茶を飲んでいる。すっきりと爽やかで美味しい。