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小説【紫苑】‐『水水水水氷水水水水』

これは私が出した二次作品の対作品です。



緩やかな丘の斜面に生い茂る 緑の合間に
隠れるように顔を出す石の階段をひとつづつ上る。

腕いっぱいに『星の花』を抱えて…。


紫苑:『水水水水氷水水水水』

丘のてっぺんに立つと生ぬるい潮風がふわりと顔を撫でてゆく。
腕の中で揺れる花の小さな花弁達が
優しくそっと胸に寄り添い傾くと、
悲し気に おとの顔が緩んだ。



§



遠くから波の音楽が聞こえる。
揺らぎを奏でるその音に そっと目を閉じて耳を傾けると
固く絡まりあった僕の心音をゆっくりと解いてくれるような気になる。
そう…この波長…この波の音に心を這わせながら静かに…。
ゆっくりとベンチの隅に腰かけると、目の前には青い海がどこまでも広がって、まるで鳥にでもなった気分だ。
ふと目の前の崖の縁にヒラリと白が霞む。
両腕を広げて今にも羽ばたきそうに裾を揺らす君が
まるで映画のフィルムが切れる前のその一瞬だけ映るかのように。
波音が…僕の耳に…響く。

ー 飛べそう?

優しい声が隣から聞こえた。その声に瞳の奥が熱くなるのを感じながら

ー 「飛べそう…というより…飛びたい…かな。」

クスクスと笑い声が僕の耳に響き渡ると、僕はゆっくりと顔を声のする方へと向けた。
肩を小さく揺らしながら優しく僕を覗き込む琥珀色の瞳。
意味深に眉を片方だけ少しづらした あのからかい顔。

ー おと…あの絵…描き上げたんでしょ?

ー 「あぁ…。」

僕の瞳をじっと見つめる君には きっと見透かされてしまうだろう。

ー 描き上げた…けど…?


ほらね。。。

思わず無意識に笑みがこぼれる。

そんな僕を見ながら、少し困った顔をする君。
ふと遠くの水平線を見つめたかと思うと、すっと顔を空に向けて大きく深呼吸をする。

ー おとが人物画…描き上げたのは 私以来だよね…

ー 「…そうだよ。」

ー あの子の事…大切だって…そう思ったんでしょう?

ー 「よく…分からないんだ、自分でも。でも…」

自分の右手をそっと返して手のひらを見つめ きゅっと握りしめた。

ー 「こいつが初めて最後まで震えずにいてくれた。。。」

固く握りしめられた僕の右手を君が両手で包み込む。

ー おとの手は…もういいよって。そう、言ってるのよ。

顔をあげると、柔らかく微笑む君がこんな近くにいる。
いつも自分自身がはっきり見えたのは、
この瞳に映る時だけだった。
君の琥珀に泳ぐ僕はいつも、怯える子猫がやっと居場所を見つけたような顔をしていたんだ。
そして僕は、
いまでも君の瞳の中に居場所を欲しがっている。


ー ほら…そんな顔しないの。

無理やり微笑む君の苦笑い。僕は今どんな顔をしている?
周りには読み取れない僕の小さな歪みを君はいつだってこうして見抜く。

まだ…まだ ここに居たいんだ。
どんなに僕の右手が震える事をやめたとしても、
それでも…まだとどめて置きたいんだよ。


これは悪あがきかもしれない。

流れゆく海の水面下で ただただ流れに身を任せながら
何度も何度もふやけたマッチをこすり合わせる。
灯ることがないと分かっていても、
小さな箱の中を漂うマッチ棒は減ることを知らない。
黙々とすり合わせて行く僕の軌跡を あかりを知らない細い棒がゆらゆらと道を描くだけ。

微かに寄った眉に 音もたてずに小刻みに震える唇が
どうしようもない僕の感情をやっとの思いでふさいでいた。
そんな僕を包み込むように寂しそうに笑う。

ー 私、おとの絵がすき。

柔らかな声に香りが乗る様な優しい響き…
君の顔を見なくても どんな表情をしているのか分かるよ。
目を閉じればいつだって浮かぶ顔。
目を細めながら、真っすぐに僕を見つめてそう言うんだよね。


僕の手を握る君の手がふわっと浮くと
そっと僕の頬を包み込む。

ー わたし、おとの描く物がすき。

僕の顔をしっかりと君に鏡合わせにするようにして君は言う。
じっと見つめ合う瞳から つぅーっと涙が零れ落ちてゆく。

ー 「うん。。。知ってる」

それを聞いて瞼をふっと下ろして小さく頷く君。


ー だから…


そう…この後に必ず君は言うんだよ。

 『自分の幸せを描き続けて…』


響き合ったお互いの声が、ふっと吹いた潮風に乗って行った。

琥珀色の瞳が優しく笑う。


そよっと君の髪が風に攫われると

君もまた

優しく笑ったまま 風と共にすっと消えていった。


6年前 君が眠りについた病室に吹いた風と同じように…

そっと吹いた風が

君をまた

連れ去って行った。




波音が…君が奏でていたピアノの音に…似てるんだ。

空っぽになった僕の隣に打ち寄せる波音。

ー 「僕は まだ、離したく…ないんだよ…」

頬を伝う涙が 尾を切って まあるい粒となってくうを切る。

君に握られていた右手にぽとっと落ちる。
一つ…また一つ。
ぽとぽとと落ちてゆく。

サワッとその手に触れたのは、
いつの間にか膝の上に置かれた紫苑の花。

細く伸びた花弁が僕の右手をそっと撫でる。
黄色いボタンを真ん中に抱きながら その花は優しく僕に寄り添っている。


君が立っていた崖の淵にそっと足跡を合わせ
そして
君を想いながら紫苑を空高く蒔いた…

紫苑色が空の青に放たれ、静かに海の青へと混ざって行く。

君を…忘れない


足元にふわりと落ちた一輪の紫苑をそっと手に取って眺めると
君の笑顔がまた浮かぶ。

もう少し…もう少しだけ。。。

まだ君を…。


今の僕にきっと君は言うだろう。

ー そんな顔しないで…って。



目の前に広がる海の真ん中にぽつりと佇む僕は

紫苑の花を胸に いまだ

琥珀の中を泳いでいる。。。


水水水水氷水水水水


§


時が経っても僕の心は君の元にあった。
そして、
こうして君に会いに…今年もまたあの丘へと この町を訪れた。
響く波音は君の旋律を今も奏で
鼻先をくすぐる潮風は ずっと変わらず優しい。

波音が体に伝わるあの堤防に向かう。
あそこにいると、何故かホッとするんだよ。

波の音が大きくなるにつれ堤防の前にあった小さな点が
僕の瞳に形をもって映り出す。
そこにぽつりと座り込んでいたのは
僕があらがい続けるものへと 暖かい手を差し伸べた人。

ただ黙々とキャンバスを見つめながら色を重ねてゆく彼女の頬に
オレンジ色の絵具が線を描く。


ー 「く…るみ…」


腕の中の紫苑がふっと笑う。

ー もう…いいよ。

「君」の声がそっと聞こえた。



カランッ。


僕の中で少し汗をかきだした氷が

心の底で音を鳴らしたような気がした。


(紫苑:おわり)


***************

お読みいただきありがとうございます。これはこちらの企画(もう応募締め切ってしまいましたが…遅れに遅れてすみません。)

この企画は…

犬柴さんから始まった

かっち…いや、ただいま雪ん子さんの俳句『水水水水氷水水水水』から二次作品を生み出す企画でした。その企画に私が出させていただいたのが、こちらの【心情】です。


そこからなんと!!!Riraさんが、こちらを作ってくれたんです!!!
私のストーリーからのアフターストーリー!!嬉しさと共にストーリーの切なさというか、素直で優しくて謙虚な思いで もう心が締め付けられるような気持ちになります。

【紫苑】の最後で、何故 胡桃が絵を??
と思った方はRiraさんの動画を見てください:)
Riraさんが生み出してくれたアフターストーリーを今回私が繋げさせていただきました:)

しろくまさんの二次作品を一緒にブレンドした素敵な動画です!!

そこへ、、、

十六夜さん。。。どうしてこうも私に響くのですか?ふふふ。
おとの氷を形にしようかどうか迷っていた私ですが、
どうしても書きたいと思わせてくれるような、私のおとのストーリーを見透かすような作品を出してくださいました。


実はですね…【心情】のヘッダー画像。。。
よぉーく見ると海を漂うおとの氷の中にヒント画像を組み込んであったんです。ふふふ。
病院の廊下を歩く後ろ姿。。。ふふふ。
どなたかお気づきになりましたでしょうか?

この物語は、実は心情を描いていた時からおとのストーリーラインとしてあったものなんです:)。本当は出さずに、皆さんに描いてもらおうと思ったのですが…こんなに沢山の素敵な二次作を生み出していただいたら、やっぱり書きたくなってしまいました:)

紫苑の花言葉:『君を忘れない』

Riraさん、しろくまさん、十六夜さん!!
本当にどうも有り難う!!

七田の三次…四次?作品でした:)


七田 苗子








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