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『蝉廻り』‐022


白雲橋コース合流地点で何だか湿度がグッと増してきた。”この辺りに湧き水があって、少しぬかっているから滑らない様に気を付けよう。弁慶茶屋跡まであと少しだ。” 教授の言う通り、周りの木々の葉に雫が滴っていた。道のりには水道パイプがひかれている。登りも少しだけきつい所があったり、岩を越えなければならない個所もあったが、それはそれで楽しい。岩場の間に目を凝らすと所々に張られてある蜘蛛の巣。そこに大粒の水滴が玉を丸くなしてシャンデリアの様にぶら下がっている。トトロ…そう呟いた和風さんの言葉を思い出すと、きらめく蜘蛛の巣を写真に撮った。”ここは「もののけの森」だな” 独り言を言って笑顔になる。すると岩の隙間斜面に小さな星の様な花が咲いていた。チリメンじわのよった大きな光沢のある葉からちょこんと顔を出す紫の星。今まで登ってきた道のりにはなかった花だった。少し息を切らした柏先生が道のりで拾った歩き枝を片手に ”今度は何を見つけたんだ?”とゼイゼイ声で聞いてきた。”いや、今まで見たことない花があって。” 鼻からフンっと息を出しながら、星みたいな花だなと言って振り返り ”おーい!!成瀬。この花何か知ってるか?”と教授に声をかけた。”教授は花にも詳しいんですか?” そんなこと今まで耳にしたこともなかった。”いや、成瀬が詳しい訳ではないのだがな、沙織さん…あっ、成瀬の亡くなった奥さんが植物に詳しい人だったんでな。それで成瀬の方が僕達よりも遥かに知識はあるんだよ”。ふぅーっと一息ついて教授がどれどれとのぞき込んだ。”白沢君 いいもの見つけたね” 花を見るや否や教授がにっこりと笑う。”これはイワタバコという花だよ。湿った岩場にしか生息しない花で、実はこの花に会うには少し遅かったと思っていたんだが…よく見つけたな。” ”岩場に咲く星ですか…” 何事かと後戻りしてきた三井が僕の頭上からそういうと、”おっ!!三井!!良いこと言うね!” 柏先生がドンと三井の肩を叩くと三井がよろけて おっとっととバランスを崩した。「岩場に咲く星」か…ちょこんと花を揺らして またなと声を掛けた。





ロープウェイが来るまで10分、私達はベンチに座って待つ事にした。”はい!”顔をあげると篠崎さんが缶コーヒーを差し出していた。”ありがとう” ”さっきのお茶有難かったんだけど、私珈琲がやっぱり飲みたくって” ふふっと笑って私の隣に座った。皆はどのあたりにいるのだろうか…左側に立てかけてある地図を見ていると、篠崎さんも同じことを考えていたのだろう…”みんな今頃どこにいるのかしらね?ゼイゼイ言いながら登っているかしら?”すると ”私柏先生がギブアップしているに100円!!”と空に向かって指さしながら彼女が言った。少し考えて、”三井さんが柏先生の背中を押しているのに100円”と言うと、篠崎さんが ありえるーー!!とお腹を抱えて笑い出した。”三井はへなちょこで頼りなさそうだけど、案外抑えるところは…抑えてくれるから…な。”とポツっと呟き ”白沢は…んーーーマイペース…だな!”表情をいっぺんにかえて言う。
”でも三人ともいいコンビですよね” ”そうね…”目を優しく細めながら篠崎さんの声のトーンが少し変わったのに気付いた。”いつも声を荒げてワイワイやってるけど…でも、なんだかんだ言ってあの二人は私の事を分かっていてくれているような気がするの。ほら、私こんなだからがみがみガツガツ言いたいこと言っちゃうから、嫌がる人は嫌がるのよ。。。でも、呆れ顔しながらでも…ちゃんとあの二人は付き合ってくれる。白沢はどちらかと言うと「付き合わないと後が怖いぃーー」っていう感覚なのかもしれないけど、三井は…私が周りに悟られない様に無理して笑っている時に、「無理することない!!」・「篠崎さんはなんでそうやって無理するんですか!」って私が怒られちゃうくらいに真っすぐに私の真ん中を見てくれているのよ。感謝したいって思うのに…ふふっ、私へそ曲がりだから!」舌をちょこんと出して笑う彼女は少し頬を赤く染めていた。




ごとん。


ワゴンに乗り込むと、即座に動き出す。”さぁ、私達の登山も始まりね!” 少しだけ期待していた紅葉の気配は全くなく、見渡す限り緑色だ。あちら側から小さな黄色い帽子の列が見えてくる…小学校の遠足だろうか。徐々に木の合間から木のてっぺんに視界が広がり、まるで空を飛んでいるかのようだ。”窓を少し開けてもいい?”篠崎さんが揺れるワゴンの中、席を立って窓を下ろすと、少し冷たい風が心地よく流れ込む。両手を上げ、うーーーんと背伸びをしながら”きっもちー!!”と顔をくしゃくしゃにした。病院の窓から吹き込む風とは全然違う。緑の香りが何となく乗っているような…とても澄んだ風。そんな風に揺れるワゴンに身を任せ、踊るポニーテールが今の私の心を映し出しているようだった。




あっと言う間だった。”あれ?もう着いたの?” 所要時間を知っていた私たちも驚くような速さであっという間に山頂についてしまった。


”和風さん疲れていなかったら、皆と落ち合えるように少し登山ルートの入口まで歩きません?” 右手の時計の心拍数は青信号を出していた。”はい。” ”たーだーし!!無理は禁物ですよ!!”ふふっと笑って二人で歩き出した。







ゆったりとした弁慶茶屋跡から女体山までのルートには驚いた。巨岩・奇岩群が次々と僕達の目の前に現れたからだ。「弁慶七戻べんけいななもどり」巨大岩がそびえ立つ二つの岩の間に落ちてきた形で大きな石門が出来ている。今にもこの身に落ちてきそうな微妙なバランスで、流石の弁慶も後戻りしたと言われることからこの名がついたという。僕の足も竦む。くぐっている途中に地震が起きないかとハラハラしながら早足で足を踏み入れると…抜けた側に笑いながら立つ柏先生が ほれ!と言いながら岩をどんどんと叩く。うわぁー!と声を出して飛び跳ねると、柏先生も他の二人も僕を見て大笑いだった。天照大神あまてらすおおみかみを祀る「高天原たかまがはら」、抜ける事で生まれた姿に立ち返ると言われる「母の胎内くぐり」、船玉神を祀る「出船入船でふねいりふね」、大黒様が荷物を背負っている姿に似た「裏面大黒りめんだいこく」…自然が生み出した奇妙な岩の自然博物館と言っても過言ではない程に、僕はそれぞれの岩にあっと言わされながらも山頂を後押しされている気分だった。

と、そこにまたもや巨大な岩が現れた。”これ…またくぐるんですか?”三井も岩を見上げながら教授に聞いた。”これは「北斗岩ほくといわ」という岩だ。”二つの大きさの違う岩が支え合って小さな門を作っている。”また…くぐるの。。。かぁ。” 呟く三井の言葉に あれ?と自分に戸惑った。怖く…ない?弁慶の七戻りのときに打って変わって、落ちてくるとか崩れると言った心配がこれっぽちも僕の中にないのだ。”ははは。心配しなくてもいい三井君。「北斗岩」は天空に輝く北斗星のように、決して動かないことを意味しているといわれているんだよ。” どっしりと…空に向かって真っすぐに伸びた岩 「北斗岩」。”これ…北斗星を指しているんですかね?” 三井がじっと今の頂点を見つめる。”そうなのかも知れないな。”教授はそう言って岩の門にそっと手を置いた。僕もそっと北斗岩の門を潜り抜けた…決して動かずにそこに立つ…空と地の北斗。空には届かないけれど、何となくそれへと繋がっている…そんな気がしたのは僕だけだろうか。”本当に崩れないですよね?”最後尾を行く柏先生に何度も聞き返す三井。そんな三井が門をくぐる姿を笑ってみていると…。”あれ?この形…” ”ん?”隣にいた教授がどうしたと僕の顔を探る。”教授…ここから岩を見ると…岩の形が北斗七星に見えませんか?!” 自分の発見に自分でハッとする。と、教授の目が一回り大きく見開かれた。”北斗七星だ…” ”ですよね!!” 岩の形を沿って線を描くと、北斗七星の形が見える。教授は再び岩の元に足を運び岩をじっと見上げている。”北斗…七星…いままで、気付かなかった。。。" 僕は自分の発見にワクワクしながら、”だから北斗岩っていうんじゃないですかね!”声がおおきくなってしまった。開いた口をゆっくりと閉じた教授が、顔をあげ僕を見つめながら ”白沢君、君は本当に不思議な人だ。” そう呟いて微笑んだ。


その後もう一つ、北斗岩よりも大きく15mもある自然大仏、その名も「大仏岩」を拝みながら、僕達は女体山の頂上にたどり着いた。


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