コピーライターになりたかった。
コピーライターになりたかった。
やさしい言葉を使う人でありたくて、やさしい言葉を届けられる仕事がしたくて、広告代理店に入社した。
コピーライターにはなれなかった。
どうやら、思い描いていた人生にはならないみたいだ。どうやら、どうやら、そうみたいだ。
夢は叶わなかったけれど、コピーライターになりたかった気持ちを大切にしたいので、文章を書こうと思います。よかったら読んで下さい。
書き残しておきたいのは、好きなコピーの話ではなく、好きだったコピーの話。
コピーライターになりたいと強く強く思うきっかけになったコピーの話。
それはきっとほとんどの人が知っているゼクシィのコピー、
『 結婚しなくても幸せになれるこの時代に私は、あなたと結婚したいのです。 』
2017年、このCMが世間の話題にのぼったとき、わたしも、一瞬で心を奪われた。天才だと思った。
結婚という大きな選択を前にして、それを選ぶ人もいるし選ばない人もいる。そのどちらもを肯定するやさしさが、静かな芯をもってそこにある。誰のことも否定しない。このコピーは誰も傷つけないやさしいやさしい言葉だと思った。
そう感じた人は世の中にたくさんいて、このコピーは瞬く間に高い評価を受けた。4年たった今も素晴らしいコピーとして何度も取り上げられる。その話題を耳にするたび、わたしもこのコピーを好きな気持ちを再確認して、しあわせな気分になった。
それから2年くらいたった頃のことだと思う。Twitterでたまたま見かけた文章に言葉を失った。それは、同性愛者のかたのツイート、
『ゼクシィのあのコピーは、結婚を選べる人たちが選ばなくてもいいことを謳っているだけで、わたしたちには選ぶ権利すらない』
画面をスクロールしていた手が固まり、息をするのを忘れていたと思う。スマホの画面を見ながら、泣いてしまった。泣いていることにも気付かないくらい頭が真っ白だった。
このコピーが好きだったんです。誰も傷つけないから。
…誰も?
このコピーを好きだった2年間、一度だって同性愛者の方々に考えが及ばなかった自分の残酷さに涙がでた。「誰も傷つけないから好き」だなんて、なんて残酷な理由だろう。わたしは自分に見えている世界だけで「誰も」を定義してその外にいる人を見つけようとすらしなかった。
見えている世界を全てだと思い込んでしまう残酷さと、マジョリティーに属する者の傲慢さと。自分が情けなくて涙が出た。やさしい人になりたかったのに。
そして、こんなにやさしいコピーですら、誰かを傷つけてしまうのなら、もう、誰も傷つけない言葉なんてないんじゃないかと小さく絶望した。
小説を書き、詩を編み、俳句を詠み、十代のほとんどの時間を言葉を紡ぐことに捧げてきたわたしは、きっと人より言葉の力を信じているけれど、それでも、もう、やさしい言葉なんてどこにもないんじゃないかと思った。
それくらい、このコピーは救いだと、信じ込んでいた。
自分自身に失望して、言葉の力に小さく絶望して、泣きながら、やさしくなりたいと思った。
やさしい言葉を使う人になりたい。
それともう一つ大事なこと、 ”誰も” 傷つけないと思い込んであのコピーを好きだった自分を忘れないでいたい。
あの頃、わたしに見えていた世界は確かに狭かったけれど、決してそこに悪意はなかった。同性愛者の方々へ思いを馳せることはできなかったけれど、ないがしろにしたいわけではなかった。
世の中ですれ違っていることのいくつかはこの構造なのではないかと思う。知らないから、大切にできないのだ。そこに人がいることを実感できないから、やさしくなれないのだ。
それならわたしは知らせる人でありたい。そこに人が生きて暮らしていることを伝えたい。そうすれば心が軽くなる人が、自分を好きになれる人が、きっとたくさんいると信じている。
だからわたしは働くことの一番の意義として「ソーシャルマイノリティの方の地位をより確立する」ことを掲げているし、もっと広い視野でいうと「ひとりひとりが自分の人生をもっと愛せる社会を作る」ことを叶えていきたい。そのためには「人の選択肢を増やすこと」「自分の選択に愛着をもつこと」が大切だと考えていて、それができると信じているから広告代理店で働くことに決めた。
コピーライターにはなれなかったけれど、この気持ちを忘れずにここで働いていきたい。
言葉を手段に仕事をする人にはなれなかったけれど、別の方法でやさしさを届けていきたい。
ずっとずっとなりたかったコピーライターになれなかった。
この経験もいつか誰かにやさしくするための糧になればいいと思う。そうやって生きていきたい。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
書く前から上手く伝えられるか不安だったのですが、これは、ゼクシィのコピーについての話ではないです。それを受け取ったわたし自身の話です。あのコピーはずっと変わらず素晴らしくて、ずっと変わらず大好きです。
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