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絶体絶命

あれは、30歳の夏だったろうか。
私は仕事のことで、とても悩んでいた。
いや、悩んでいたというのはウソだ。自分の中では、とっくに
解決策は出ていた。ただ背中を押して欲しかっただけだ。


私は、占いへ行くことにした。若い頃から占い好きである。
片想いをしては占いに行き、
フラれては占いに行き、
仕事で悩めば占いへ行った。


私の場合、行きつけの占い師がいるわけでは無い。
気分によって手相の時もあればタロットの時もあり、
『当たる』と聞けばホイホイ足を運んだ。
半分はお悩み相談、半分は何を言われるのかを楽しみに、
つまりエンターテイメントとして行っていた。
この時私が選んだのは、友人が通う占い師。
『とにかく当たる』とお墨付きだったので、行ってみることにした。

私の行動はいつも思い立ったが吉日、ならぬ吉時間だ。
今すぐに行こうと思った。19時。
こんな時間に開いてるとは思わなかったが、ダメ元で電話をしてみた。


「もしもし?わぁ!この時間でも開いているのですか?えっ!
特別に見ていただけるなんて、ありがとうございます!今すぐ行きます!」
思い立ってすぐに電話して良かった!私は急いで向かった。


そこは大阪の中でも、少し治安が良くないとされる地域。
古びたマンションの一室に、その店はあった。
中へ入ると、歳の頃は60前後だろうか、よく日焼けした大柄の男性だった。
「よろしくお願い致します。」
「どうぞこちらへ。」
私は、机を挟んで向かい合わせに座った。


相談ごとを打ち明けると、とても熱心に聞いてくれる占い師。
彼の出した占いの結果は、まさしく私の思っていたことと同じだった。
良かった!これで迷わずに進もう!
そう思ったとき、一本の電話がかかった。
「もしもし。除霊ですか?ええ、できますよ。なるほど。」
少し話をして電話を置いた。

「先生、除霊もできるんですか?凄いですね。」
「除霊は体力要りますけどね〜。まぁできます。他にも催眠術とか
色々やりますよ。催眠術やってみましょうか?
はい、目を閉じてください。」


「いやいや、催眠術は、、、」と言おうとしたが、
すでに催眠術をかけ始める占い師。
仕方ない。時間外に見てもらったし、少しだけ付き合おうか。


「さあ、あなたはもう催眠状態です。」


えっ、もう!?
私、すごくシラフですけど。これで催眠状態?


「これからあなたは、私の言う通りになります。」
「はい。」
「私は先生のことを好きになります。私は先生のことを愛しています。
さあ、声に出して。」


何言ってんの、こいつ。


はっ!!!!!!


私は今、初めて重大なことに気がついた。
この密室には、私と占い師しかいない。
そして時間外のため、誰かが訪ねてくることもあり得ない。

私の心臓は早鐘を打ち、背中からいやな汗が滲むのを感じた。
どうしよう。
ケンカして勝てるか?いや、このデカさじゃ無理だ。
いきなりダッシュで逃げ出すのは?ダメだ。
もし鍵がかかっていたら、モタモタしている間に追いつかれる。
ここは、相手の感情を逆なでしない方が賢明だ。
まずは催眠にかかったフリをしながら、次の手を考えよう!


「私は、先生のことを好きになります。私は、先生のことを
好きになります。。。」
側から見るとコントかもしれないが、私は必死だった。
主演女優賞ばりの演技で催眠術にかかった女を演じ、瞳を閉じて
うわ言のように呪文を唱えた。

すると今度は、
「私は先生とキスをしたくなります。」


げっ!どうしよう!
泣きそうになったが、ここは動揺を見せてはいけない。
とにかく相手を興奮させないようにしなきゃ。
「・・・私は先生とキスをしたくなります。私は先生と・・・」


すると突然、占い師が立ち上がった。
ひいぃぃっっ!
怖すぎて心臓が止まりそうだ。
それでもなお必死に催眠状態を演じていると、
占い師は私の後ろにあるソファに腰を下ろした。
「さあ、こちらに来なさい。」


このエロジジイ!
私が空手でもやってりゃ、どつきまわしてやるのに!
しかし、この移動が良かった。占い師がソファに移動したことで、
催眠術一色だった空気が一瞬変わった。今だ!


「先生、そろそろ彼氏が迎えに来る時間なんで、失礼します。
携帯が鳴っているので、もう着いたみたいです。」
「えっ?あ、、、そうなの。わかりました。では、私も一緒に出ましょう。この辺りは物騒だからね。夜の女性の一人歩きは危ない。」


しばいたろか。
オマエが一番危ないわ!
「わあ!助かります!では、よろしくお願い致します。」


こうして私は、命からがら脱出に成功した。
駅近くまで一緒に歩き、エロジジイと別れた瞬間、脚がガクガクした。
こわかったぁ、、、。


急いでタクシーをつかまえ、安全な我が家へと向かった。
タクシーの中でもまだ心臓がバクバクしていた。
ようやくマンションに戻り、温かいお茶を飲んだ。
あのエロジジイの所には、もう二度と行くもんか!
私は、エロジジイの不幸を祈った。


ただ、今も覚えている言葉がある。
「あなたは近い将来、東京へ行くことになるでしょう。東京に拠点を置きながら、関西との往復が増えることになります。」


この時は
『30歳の私が、今更どうやって東京へ行けるのよ?あり得ない。』
と思ったが、この翌年私は昼ドラの主演が決まり、現実のものとなる。
このことを言い当てたのは、数々行った占いの中で、
あのエロジジイ唯一人である。


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