リクルートスーツを着こなしているからといって従順なわけではなく、「従順であろう」と想像するあなたの思考回路がハックされているだけ。胸が大きいからといって、卑猥な賞賛を受けたいとは限らないように。
毎年この時期になると、新入社員向けの社会人からのメッセージがあちこちに流れて、毎年恒例行事化していることに私は一人でうんざりしているのだけれど、今朝会った知人の就活生には「転職しやすくなってきてるから気張りすぎずね」なんていい大人ぶってアドバイスしたりするわけです。まぁそれも本音だし人のアドバイスに全力で傾倒する人にはこういうことは言わない主義の自分の真贋美を信じよう。そしてみんな自分の人生を生きよう。
前置きが長くなったけれど今回もタイトルで言いたいことを言い切ってしまったのでもういいですか?違いますね。もう少し書きますね。今夜は帰宅後寝落ちてしまったので頭はスッキリしてる、書きます。
入社式で、昔は色とりどりのジャケット、今はリクルートスーツ。昔は良かったね、じゃなくて、その裏側。
入社式の話に戻りますけど、みなさん毎年恒例のこの比較ツイート、ご覧になられましたか。
今年に限らずきっとご覧になられたかと思います。昔はいいなぁって、楽しそうだなぁ、って思いませんでしたか。私は思ってしまいました。
では、このツイートに言及されたこちらはご覧になられましたか。
上記のツイートの続きやリプライ欄で、当時女性はリクルートスーツの商圏にいなかったので手持ちのスーツで面接に行った方々の話など綴られているので、更に知りたい方は追っていただき。
ああなんだ、そういうことか、と、私は一人納得していたのでした。
スーツの印象で取引先に信用されるシーンも、もちろんある。でもそれは演出であって、リクルートスーツだから「個性がない」という単純な思考回路は平成に置いていきたい。
就活生ではなく社会人においても、着ているもので左右されるシーンはたくさんあって。
私自身も営業配属だった頃は、上下スーツだったり、先輩にセミオーダーの仕立てのいいジャケットをお下がりで譲っていただいたり、ヒールも7cm以上として外反母趾を拗らせながらも、カツカツとヒールで歩くスーツ姿のかっこいい先輩達に憧れて真似をして顧客フォローや開拓に邁進してたりもしたのです。
もう足が痛くなるからマルイの楽ちんパンプスしかデイリーユースにはしないけれど。そして当時の影響で左右の足の小指の爪が壊死状態なので、 #KuToo 運動には大賛成なんですけど。
でもヒールを履いたりスーツを着たりする楽しさは確かにあって、それは「自分を演出することで相手との交渉においてプラスの効果をもたらす」瞬間が好きだったからで、その結果を得たいだけであれば、ヒールやスーツ以外の選択肢もあるよね、と今なら思うのです。
反対に、リクルートスーツ一色の入社式の写真を見て「画一的すぎる」「個性がない」と単純に捉えるのではなく、就活生〜新入社員にとってのスーツについて、時代や商圏の裏側にちょっとだけ思考を巡らせるような、思慮深さを併せ持ちたいなと、私は今回のツイートを拝見してハっとしたのでした。
リクルートスーツを着ているのは就活生や新入社員として受け入れられるための戦略であって、自身がその戦略をとるときは意識しているのに、いざ攻略される側になるとやはりその戦略性に気付きにくくなるもので。
採用面接する側にもなる年齢になってきた私は、説明会や面接でも、スーツの着こなしだけで印象をぐっとあげたりさげたりしないようにと、改めて思うのでした。
おっぱいの写真をあげているから「かわいい」と承認されたい、と思われがちな件と同じで、それを覆すには丁寧なコミュニケーションしかない。
結局のところ私自身も服装ふくめ、見た目で発する情報で判断される日々で。
私自身はなるべく相手の発する言葉や行動をもってして相手を理解したいと思ってはいるけれど、私自身も先入観に囚われたジャッジは必ずどこかでしているわけで。
それは私がおっぱいの自撮りをアップし続けるTwitterの場でもよく見るシーンで。スッピンに近い顔が映る自撮りと、スタジオで撮影いただいた写真と、それぞれつくコメントの傾向がちがうんですよね。
前者だと承認欲求強めの裏垢女子感が出るからから、おっぱいではなく「かわいい」といった全面承認の傾向のコメントが。後者だと「いい形ですね」といった肉体への賞賛傾向のコメントが。
私自身はいつ何時でも、「今日のおっぱいもいいよね!」というのをベースにしていて写真に添えるコメントあわせ表現しているのですが、かくもこうもちがうのかと、日々反応をいただきながら学んでいます。
いち個人としての承認は日常で満たされているから(いやもう褒めていただけるのはありがたくて嬉しいんですが)(いつもそこまで理解して褒めてくださる方々は本当にありがとうございます)、
ただ、私はピュアにおっぱいを愛する仲間を増やしたいんだよ、と、都度都度コミュニケーションを丁寧に重ねていくしか、ないですね。
おっぱいを出す服装でも、地味な服装でも。スッピンでも、派手なメイクでも。見た目だけで相手を軽率に軽んじないコミュニケーションがとれる人が増えたらいいですね。
結局私がなぜ、おっぱいの自撮りをTwitterにあげ続けているのかに、つながる話で。
私自身はおっぱいが自他共に大好きなので、ボディラインや谷間が出る服装を自身も楽しみたいし、同じ楽しみを持ち装いを楽しめる女性が増えたら最高だよね!って思ってます。
でもそういった服装をすることはリスクもある。おっぱいが大きくタイトな服装をしていると、ナンパなど路上で卑猥な声かけをされたり、距離感を掴めない人からおっぱい揉ませろ要求されたり。なんでやコラ。
反対に、大きくなった胸を隠す地味な服装であれば太ってみえたり実はエロいみたいな謎の妄想を当てられたり。妄想するのは別にいいんですけど本体に危害や不快感を与える行動に出られたら最悪オブ最悪で、そういうケースには等しく中指を突き立てていきたい。
つまりは、服装や肉体的特徴だけで相手を軽率に判断することや、相手を尊重しないコミュニケーションを、ちょっとでもなくしていきたい。
こちらも先日見たツイートでハッとしたのですが、いやほんとこういうの、もう、いいよね、お腹いっぱいだよね、という。
もしかしたらこの記事やこのツイートを読んで、何故それが必要か、わからない人もいるのかもしれない。もしそうだったらぜひ、コメントやツイッターで聞いてください。私は自分が着たい服を着るためにも、服装と自他の尊重に関することについては丁寧にコミュニケーションを重ねることを諦めない、と、決めたので、可能な範囲に限りますが、対話を、重ねたい。
今日はこんなところで、終わります。よければ以下記事も合わせてご覧ください。
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