見出し画像

おきあがりこぼし

これ、3月11日の命灯会でハワイ福島県人会の方からいただきました! 何ともかわいくて、机の上に置いてある。でも、この絵のタイトルを見るまでおきあがりこぼしという名前に全く思いいたらなかった。small toyって言われて、そのままインプットされたのかな。そんでもって今、おきあがりこぼしを勝手に変換してくれたら「起き上がり小法師」で、なんかハッとした。そうかこぼしって小法師なんだ。

先週からジョアンナ・メイシー「つながりを取り戻すワーク」ファシリテーション・スキル講座@オンライン 第二期 に参加し始めた。久しぶりにいろんな人と一緒に学ぶ、という場でワクワクしたりじわっときたり。ハワイで英語でカウンセリングやソーシャルワークを学ぶという方向性も考えたのだが、英語に自信がない(というか、そこまでして頑張ろうというパッションがわいてこない)のと、学べることが漠然としていたこと(ディグリーをゲットする、ということはあるにしても)、経済的な理由などがあって、なかなか「やりたい!」という気分にならないでいた。

ジョアンナの「カミング・バック・トゥ・ライフ 生命への回帰 つながりを取り戻すワークの手引き」を読んだところにファシリテーター養成募集のお知らせ。これは参加したいと切実に思った。夜中1時から3時というセッションも5回あることにやや恐れをなしつつも、「いや、一通りしっかり分かりたい」と思った。

彼女の実践の理論的背景に惹かれた。受け売りのように聞こえてしまう口先だけの、揶揄的にスピ系と言われる言葉のリファランス源はここだったか、と思う。彼女の実践には仏教的視点とシステム論的バックグラウンドがある。スピリチュアリティにいきなり飛んでいかないところが、私的には腑に落ちやすく、好ましいのかもしれない。

特に好ましく思うのが「世界の痛みを大切にする」というステーション。これまでに行われてきた、あるいは今、行われている地球や世界への蹂躙。日々の生活で味わう痛み。それらを無視したり抑え込むことではなく、むしろ、ちゃんと目を向けて、大事に扱うこと。この方向性はグリーフサポートやカウンセリングと共通性がある。

ジョアンナによれば、それらは人間の「貪瞋痴」から起きているのであり、この2000年以上の間、「貪瞋痴」についてはずっと考えたり問われたりしてきているのだから、きっと何かいい智慧が創り出されるはずだというような見方をしていて頼もしい。この智慧を見出すのに必要なのは意思だけだとも。

痛みを大切にすること。福島で起きたこと、起こっていることを忘れないためにも、おきあがりこぼしは机の上にいてもらうことにしている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?