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全体を見渡す

星占いのできる知り合いがいて、「射手座は全体を客観的に見る星座だ」と説明してくれた。これは吉報だった。みんながワイワイやっているときに、輪に入るよりも外から眺めている感じになるほうが多い。別に拗ねているとか、入りたいのに入れないという感じより、心地いい距離にいるとそんな感じの立ち位置になる。転校が多かったからだろうかとか、性格的に何か欠点があるのだろうかと思うこともあったが、「星座のせいだ」と言われてなんとなく安堵した。

「全体像を知っておきたい」という好みは確かにあって、自分の範疇じゃないことについても、一応、知っておきたい。自分が関わるプログラムとかだと、ますます「今、全体の中のどこをやっているのか」が知りたくなる。ピザをハジからちぎってガシガシ食べていくというスタイルよりは、全体を8等分に分けて、一切れずつ食べていくほうが好きな感じといえばいいのかな。

全体の中のどこをやっているのかが見える、という意味でもジョアンナ・メイシーの理論と実践は私に合っている。今日はビーチクリーンです、今日はフードディストリビューションですっていう感じで活動に関わっていくと、一体、これはつまり、どういうことなんだろう? どこにつながるのが気になっちゃって継続が難しい。意味を感じることも難しくなってくる。

けれども、ジョアンナの実践のように「私たちが持つ物語には3つあって、その中の持続可能社会を選ぶとすると、できることが3つあって、それを推し進めるときに、4つのステーションを巡る形でやっていくとやりやすいよ」という全体像が見えていると、とてもしっくりくる。4つのステーションは「まず感謝から始める」「世界の痛みを大切にする」「新しい目で見る」「前へ進む」。これらがどういうことなのかについての説明があり、なぜ大事なのかが実感レベルでしっくりくる時間を取ることができる。全体の中の、今、ここだからね、というのがはっきりしてるってのが私にとってはとても助かる。

ジョアンナのエピソードを聞いていると、なんだか禅僧みたいだなぁと思ったりもする。物事の受け止め方や受け答えに禅問答を彷彿とさせるユーモアというか、したたかさというかを感じる。時間や空間、ものの見方のスケールをずらすとでもいえばいいのかな、生命の起源や地球誕生なんてところまで遡ったりして、なんか「お?」ってなるような視点から答えが返ってきて面白い。

私もアクティビストって肩書きにしようかな。

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